手話を知らない人も
手話を学んでいる人もともに
{新投稿}ー京都における手話研究1950年代以前の遺産と研究・提議 佐瀬駿介ー
明石欣造さんからも同世代のろうあ者からも映画の話をよく聞いた、というか手話で話された。
それも手話を学ぶ上で大いに活かされた。
だが、しばしばなぜこんなにも映画の内容に詳しいのか、と疑問に思うことがあった。
洋画=西洋映画は字幕があるが、邦画=日本映画もとても詳しかった。今だに分からないのは、擬音を説明されたことである。
西部劇の銃の音やアメリカインデアンの叫びなども字幕には書かれていないが、独特の擬音表現された。
邦画に字幕をと言うことで、ろうあ者が特に観たいという映画「ベトナム」を独自にオーバヘッドプロジェクターを使って上映することが出来たのは、1969年のことであった。その苦労と多くの人々の協力は忘れられない。
特に映写技術、映画館ではない会場、機器を貸し出してくれた方々の笑顔。観客の大きな拍手は脳裏に焼き付いている。
※ 以下の写真の脚注の手話の文字は伊東雋祐氏が書いたが、掲載当時から疑問を持っていたので明石欣造さんの手話に添って文字に置き換えてみる。
なお、明らかに間違った注釈があるのでそれは文中で明かにしたい。
私は映画が大好き(好きで好きで)です。特に映画になると我を忘れて夢中になります。
外国映画の時は、字幕が流れるので観ていて分かるのですが、日本映画は観ていても分からないので困るし、理解が出来ない。