手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

頭の中の理解ではなく、行動する中での理解の広がりと 手話通訳

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    近所の人が自転車をよるパンクさせたり、家をのぞき込む

 

事例 2-2

 子どもがいないので犬を飼って暮らしている高齢なろうあ夫婦。
 近所の人が自転車をよるパンクさせたり、用もないのに家をのぞき込む。
 家主ともうまくいかず、近所の人とはケンカばかり困り果てているとろうあ者相談員に話があった。

 

 じっくり話を聞いていたろうあ者相談員は、夫婦の話を聞くにつれ次第にろうあ者夫婦の家の周りの健聴者に怒りを持ちはじめ、手話通訳者の同行を依頼し、ろうあ者夫婦の家に行くことになった。

 まずろう者夫婦の家を訪れた。

 家の周りには鉄条網や釘が部屋の壁板から外に向かって打ちつけられていて釘の先が壁から外に飛び出ていて、まるで小さな要塞のようになっていた。

 ここまで追い込まれているのかとろうあ者相談員は怒りをたぎらしたが、この時、手話通訳者とろうあ者相談員は意見が対立して激しく揉めることとなった。

 

   健聴者の意見を聞くまでもない、手話通訳者が聞こえるからそんなことを言う

 それは、ろうあ綾夫婦の意見を聞いているが、周囲の家の健聴者の意見も聞いて判断するかどうかが理由だった。

 ろうあ者相談員は、ろうあ者夫婦の家の状況を見て、周囲の家に住む健聴者がろうあ者をいじめているに違いない。

 健聴者の意見を聞くまでもない、手話通訳者が聞こえるからそんなことを言うのだ。
 ろうあ者のことが解っていない、いやそんなことではない、とその日は意見の一致を見ないまま終わってしまった。

 

   犬がワンワン吠える、寝てられません

          何とかしてくださいお願いしますと懇願

 

 ろうあセンターのケース会議でそのことが議題にあげられ、ろうあ者夫婦の家の周辺の人の意見も聞くべきだとまとまった。
 そして、まずろうあ者夫婦の向かいの家の健聴者の家をろうあ者相談員とろうあ者夫婦と手話通訳者が訪ねることになった。

 うだるような暑い京都の夏。

 現在のように、エアコンなどはまだ普及していなかった。
 ろうあ者夫婦の住む家の周辺は、路地の奥まった場所に密集して建てられた小さな借家。

 向かいの家を訪ねると奥さんとご主人がいて団扇をあおいで夏の暑さを凌いでいた。

 「そら、犬を飼いたいのはわかりますが、犬が吠えて吠えてうるさくてたまりません。」
「タクシーの仕事は二交代勤務。今の昼に寝てないと夜働けません。この暑さの上に犬がワンワン吠える、寝てられません。何とかしてくださいお願いします。身体が持ちません」

と懇願された。

 

     犬の口を見るように言い 喉を触って見たら

                           犬が吠えているらしいと気づく

 

 ろうあ者夫婦は、犬が吠えているとは、全く気づいていない。
 聞こえないから、ほら今も吠えているでしょ、と言われてもポカーンとしていた。
 そこでろうあ者相談員が、犬の口を見るように言い、喉を触って見たら、と言った。

 

 そこで、初めてろうあ者夫婦は、犬が吠えているらしい、聞こえる人はそれがうるさいと感じているようだと気づきはじめたが実感がわかないようであったが、聞こえる人がうるさく感じているということを初めて知った。

 家と家の間が1mもない密集したところに住むことでお互いの理解と協力の小さな糸口が見えはじめたのである。
 向かいの家の夫婦は自転車をパンクさせてこともないし、いたずらしたことはない。
 ともかく寝かせてくださいと懇願された。

 

 ろうあ者の自転車をもう一度調べてみると、空気入れが壊れていたため空気が抜けることも分かって、安価に修理できることやこまめに空気き入れで空気を入れること。
 自転車屋さんで空気をただで入れてくれることを具体的にはなした。

 

    私的なことに福祉事務所は関われません

                         と障害者福祉司のけんもほろろ

 

 犬が吠えていることが分からなかったこと、自転車に空気を入れること等々ろうあ者が知らなかったため家の周りの健聴者が意地悪していると思いこんでいたことが、徐々に分かって、周りの家の人とお互いに挨拶はするなどの変化が生まれてきた。

 このことを管轄の福祉事務所に行って、ろうあ者夫婦の状況と援助をおねがいしたが、私的なことに福祉事務所は関われません、と障害者福祉司のけんもほろろの返事だけが返ってきた。

 

 後々このケースは、よく検討された。犬が朝昼晩と吠え続けていることをろうあ者は聞こえないから知らなかった。
 でも健聴者はうるさくて仕事も睡眠不足で身体をこわしそうだった現状。

 これは、当事者間だけの問題だけですまされていたから亀裂が生じたのである。

 

      鉄条網と釘を取り除きはじめていった交流のはじまり

 

 ろうあ者夫婦は、次第に鉄条網と釘を取り除きはじめていったが、それは家の周辺の健聴者との交流の始まりだった。

 このように、具体的相談、問題提起に具体的にその場所に行き状況を把握し、コミュニケーションがはかられ、徐々にではあるが健聴者とろうあ者の垣根が少なくなると、お互いの不信感謝、差別感、疑惑などは、上下に食い違っていた左右の手のひらが水平に合わさるようになっていった。

 そのため1970年代初頭は、東西南北を駈けるめぐらなければならなかった。

 

 だが、その積み重ねで、ろうあ者と健聴者との理解がはじまっていったのである。

 

 頭の中の理解ではなく、行動する中での理解の広がりであった。