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手話と手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

京都 みみずく会 手話通訳団 の意見と・問題提起を 伊東雋祐 氏が代表で報告するはずだったが

 

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 伊東雋祐氏は、1968(昭和43)年6月福島県で開催された第1回全国手話通訳会議で京都 みみづく会手話通訳団で充分検討されたことを代表して報告するはずであった。

 だが、実際に報告された概要は以下のとおりであった。


               伊東雋祐(京都聾学校教諭)

 

 ろう教育やろうあ運動の史上において、かつて「通訳論」がうんぬんされたことはなかった。

 しかしながら、ろうあ者と動作語<手話>を、また、ろうあ運動やろうあ者のコミュニケーションについて論ずる場合「通訳論」の占める役割はきわめて重要であると私は考える。

 以下は京都の「みみずく会通訳団」の討議に基づいて整理した「通訳論」の概要であり、この機会に大方のご高覧を賜り、ご批判いただければ幸甚である。

A、通訳の必要性とその意義

 ろうあ者にとって手話を含む通訳はなぜ必要なのかこの課題に入る前に、私は若干の事例を提出したい。

 その一つはある話し合いとろうあ者の場合である。

 A君は熱心な両親と教師によって厳しい口話教育を受けその結果、家庭生活、職業生活上は、まず何の支障もない程の口話技術<言語力量を含めて>を身につけることができた。読解力、作文力ももちろんのことである。

 ところが彼には家庭的な一つの問題があり、家庭裁判所に対し、家事審判にかかわる訴訟を起こすこととなった。こうなると、彼の家庭的な諸問題は洗いざらい調停委員や裁判官の前に投げ出され、話し合いに附され、最終的に裁判所の調停条項が示される運びとなった。やがて書記官の筆記によってそれが示されたが、彼にとってこの条項はまるで意に反したものであり、これまで長い月日にわたって述べてきた主張とは全く異なったものであった。

 しかし彼は、書記官によって示された調停条項の原案に対して、何らの抗弁もできず、そのままそれを承諾する格好となってしまった。

 一体から話し合いというものは、間髪を入れぬ応答にこそその意味があると私は考えるが、A君のこのケースの場合には、それは対等の話し合いというよりも、一方的な調停条項のおしつけという結果になってしまったのである。
 この時、ことに最終的な条項原案の提示の時、A君の通訳者はいなかったのである。

 次に述べるのは「ろうあ者に手話通訳者を保障してほしい」というろうあ者団体の要求に答えた一行政官の意見である。
 「ろうあ者に何故手話のできる通訳者が必要なのか私によくわからない。それは、現在の成人ろうあ者が十分な口話教育を受けていないから、過渡的な措置として要求されているものなのか、あるいはもっと本質的にろうあ者には手話通訳が必要なのかはっきりわからない。例えば福祉事務所のケースワーカーが、また職業安定所や区役所の係官が一様に手話ができなければならないというのか。

 もしそうならわれわれ行政官はお手上げだ。ろうあ者も、筆談ができればどこへ行っても意思の疎通は図れるし、あえて通訳者の必要はないのではないか。通訳、通訳というのは、ろう教育の発展進歩と逆行する考え方ではないのか」と。

 そしてこの二つの事例は、ろうあ者問題の追及と通訳論を進める上で、非常に重要であると思う。

 何故ならば、ろう教育が内容的にも技術的にもどんどん発展して、すべてのろうあ者が音声語形式を完全に自らのものとする段階がくる。そうすれば筆談により、また、読話や発語により一般社会との意思疎通には事欠かないから手話通訳などは必要でなくなってくる。と、このような理論は確かに現在の通訳論議に出てくる一方の考え方を代表するものであるからである。

 そしてこの論議は、現在わが国における法理論、ならびに立法精神の基本的な通訳解釈でもある。すなわち、
 「弁論二与ル者カ日本語二通セサルトキ又ハ聾若ハ唖ナルトキハ通事ヲ立合ハシム。但シ聾者又ハ唖者ニハ文字ヲ以テ問ヒ陳述ヲ為サシムルコトヲ得」<民事訴訟法第134条><刑事訴訟法第175条、第176条>
 というのがこれであり、ここに見られる通訳論は、要するに前出の一行政官が提出した意見、また、家庭裁判所が書記によって講じた措置のように、「ろうあ者の意思疎通性」のみを主軸として成立する通訳論なのである。とすれば<この通訳論を全面的に肯定するとすれば>、ろうあ者にとって通訳とは、極論すればこの耳が聞こえない人たちが音声言語形式を獲得し、筆談や読話発語の技術を習得すれば不必要な存在にすぎず、不要な論議にすぎないこととなるわけである。
 しかし、私はそう考えない。
 例えば先例のA君は通訳活動の支援を受けることにより、その不服な調停条項に対して、直ちに抗弁反論できたであろうし、職業安定所の窓口においてろうあ者は、より有利な条件で就職の紹介を受けることができるであろう。

 時をおかぬ、直ちの反論や主張こそ、対面場面における平等な相互理解の方途であるからだ。

 この意味で通訳活動こそは、対話や会議内容の即時的伝達路であり、ろうあ者がする発言や主張の原動力である。民主主義にとって自由な言論はその基礎であり、民主主義に基づく社会にいきるろうあ者にとって通訳活動は、この人達が主体的に社会に生き、社会との連帯の中に生きるための、重要な役割を担うのである。

B、通訳者の立場
 ろうあ者にとって通訳者が必要なのは、例えば講演、演説、講義の場合、会議、討論会、研究会、座談会の場合、個人の対話、会話等々、あらゆる状況の対面場面においてである。そして通訳者は手話ができるとか筆談、指話がうまいとかいった技術的側面の外に次のような諸条件を負う。

 (1)通訳者は発言者の意識や思想内容を的確に把握しなければならない。
 (2)通訳者は聴覚言語<音声語>と視覚による身振り語の交換性に習熟しなければならない。
 というわけで、通訳者はしばしば次のような困難と逢着しなければならない。
 (1)通訳を必要とする対象の集団や個人の言語的力量、興味や関心や思想に、どのように合わせて発言内容を伝達するか。
 (2)またろうあ者の主張や発言をどのように引き出し、討議や対話の中身に位置づけていくか。
 (3)そのために通訳者は自分の主張や発言の機会を失うことが多いし、書記的な記録はできない。

 等々、私などの経験からは時に混乱をおこし、正しい通訳活動ができにくい場合も起きてくる。

 ことに、言語力量の乏しい人の裁判通訳とか、非常に複雑な人間関係の織りなす問題の場合単に手話の技術だけでは処理しきれなくなる。

 そればかりではなく、通訳者は時に通訳活動の使命を離れて音声語による場合、単に発言の側<健聴者>に片寄って、ろうあ者にそれをおしつけていく傾向が出てくる。通訳者は大ていが健聴者であることが一層この種の傾向に走り易い側面をもつのである。
 ろうあ者に対する通訳者の使命とは、単に健聴者とろうあ者の中立的交換手ではないし、まして権力者、支配者の末端に立つことではさらにない。
 健聴者一般を支配者、ろうあ者一般を被支配者とする見方は誤ってはいるけれども、時には私どもはこの誤った見方さえ諾わねばならぬほど、ろうあ者に意見や行動をおしつけているのである。これではいけない。

 いうなれば、ろうあ者のための通訳活動とは、現在、客観的な事実として多くの市民的権利をあたえられていないろうあ者の生活を守り、権利獲得の主張の側に立つことがその基本的な使命でなくてはならないのである。時にはろうあ者の権利意識を見守り育て、時にはろうあ者の要求や主張に学びながら音声語と手話の交換性を高めていくのがその使命でなければならないのである。 そして、通訳の真実性とはこの限りにおいて評価され、意義を問われるべきであろう。

 例えば、ある工場から呼ばれ、そこに働くB君が「ろうあ者の集会だからと言ってよく休んで困る。他の者が迷惑する。常識がない。叱ってほしい」というようなことを依頼されるとする。こんな時通訳者はたちまち一つの試練に立たされるわけである。
 -何故この会社では有給休暇が認められないのか-
 -なぜB君は職場の仲間から支援されてろうあ者集団の活動に参加できないのか-
 ろうあ者のための通訳者とはまた、ただ会社の言い分を一方的に伝えるだけでなく、同時にこのような問題ともとり組み、会社やそこで働く労働者とも話し合っていかなければならない側面をもつのである。
 以上、私はろうあ者のための通訳活動に関し、基本的な考え方を述べたが、最後に、試論として通訳活動がもつさまざまな使命・立場の側面を、次の五つの領域に整理して提起し、諸賢のご批判を仰ぎたいと思う。

 (1)ろうあ者の権利を守り、共同の権利主張者としての領域
 (2)一般的なろうあ者問題、および個々のろうあ者のもつ事例の理解者、受容者、進んでは問題探究者としての領域
 (3)ろうあ運動の発展と展開の中に参加し、他の障害者の生活と権利を守る運動、ひいては民主的な国民運動との連帯の中に立つ領域
 (4)ろうあ者一人ひとりの問題や要求に学び即して行動し、生活や職業の相談活動を行う領域
 (5)手話や指話、筆談の技術をたえず学習し、それらを含めて伝達技術を変革していく領域
                                 以上」

 

 伊東雋祐氏が1968(昭和43)年福島県で開催された
第1回全国手話通訳会議で報告した概要の批判・問題点と弱点

 

 伊東雋祐氏が第1回全国手話通訳会議で報告した概要には、伊東雋祐氏が発表した直後から京都の手話通訳者集団で討論して一致したことと異なった発表をしたとの批判がなされた。

 しかし、伊東雋祐氏はそのことを訂正はしなかった。

  批判されたことは次のことであった。