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手話と手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

日本手話 とか 日本語対応手話 手話は第二言語 と言う人々はろうあ者が自由なコミニケーションの中で育んだコミニケーションの知恵の結晶を簡単に投げ捨てはいないだろうか

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  手話通訳制度調査検討委員会報告書(1985年5月20日)      の問題点とその後の手話通訳制度に与えた影響 (3)

 コミニケーション・手話の「国家統制」と言えば言いすぎだろうか。

 音声語の「方言」を根拠に「標準」をすすめるとする国

 

 「手話の中でもいわゆる方言というような、いわば標準化が十分行われていない」
という国会質問に対して、国は手話の標準を答弁する。

 

   国は手話を音声言語と同じ「標準化」を強要した

 

 国は、「手話の方言」も「標準」化を導くための口実であったといえる。

 なぜなら方言とは、

 

(1)一つの言語において、使用される地域の違いが生み出す音韻・語彙・文法的な相違。また、そのような相違に基づく同一言語の下位区分。地理的方言。

 

(2)共通語に対して、ある地方だけで使用される語。

 

(3)社会的身分・職業・年齢・性別などの要因が生み出す音韻・語彙・文法的な特徴。また、そのような特徴によって区分された同一言語の変種。社会的方言。
ともされている。
 
 このように考えると(2)の場合は、国は標準・共通となる手話が「ない」としているのだから、百歩も千歩も譲ってでも国会答弁で国は

「手話の方言と言われますが、私たちが現在日本語の標準語のことばで使っていることに対して、手話場合は方言とは言えないのです。」

とでも答えるべきであっただろう。

 もちろんここで、日本では共通語とされないで、東京のある地域を基準に「標準語」なるものをつくり、ブルドーザーのごとく各地域で使われていたことばを押しつぶしたという問題を決して忘れてはいない。

 従って、上記の国の答弁のあり方は国側の立場でもと理解していただきたい。

 

     日本手話とか日本語対応手話 手話は第二言語

 と言う人々はろうあ者が自由なコミニケーションの中で育んだ    コミニケーションの知恵の結晶を簡単に投げ捨てはいないだろうか

 

 日本手話とか、日本語対応手話とかさかんに言う人々や手話は第二言語と言われる人々は、結局、この国側の流れに沿って論じているのではないか。

 

 手話は日本語そのものであり、日本語に包含されていたものを政府が、分断し、決めつけ、ろうあ者が自由なコミニケーションの中で育んだコミニケーションの知恵の結晶を簡単に投げ捨てようとしたのが、この国会答弁に現れていることを決して忘れてはならない。

 

   関東大震災の教訓は分断では悲劇
 手をつなぐことで心が通じあったことを教えている

 

 関東大震災の時に中国の人々や朝鮮の人々や障害者の人々が「イッセンゴリ・一銭五厘」などと発音できないことでもって暴力を受け、時にはいのちまで奪われたことも含めて日本の言語問題をきちんと踏まえておかなければならないのである。そのことを前提にして思考している。

 

      通じ合わない手話は 時間をかければ通じる

 

 国会答弁当時、よく私たちは
「今使われている手話は、全国どこでも通じますか。」
と聞かれた。

 この場合の返事に窮することがしばしばあった。
 全国どこでも、とは音声言語でもどこでも通じるわけでもなかったが、手話は、通じないわけでもなかった。

 手話は各地でその表現形態は違うが、通じるためには時間が必要であった。

 

 通じ合わない手話は、時間をかければ通じる、とよく答えたものである。

 今日のマスコミの発展によって「音声言語」は、どこでも通じるかのような錯覚がある。
 だが、逆に省略語や世代間などで「ことば」が通じないことが拡大している。

 

  ろうあ者が自由なコミニケーションの中で育んだコミニケーションの知恵の結晶を簡単に投げ捨てはいないだろうか