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手話と手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

ろうあ者によるろうあ者のための手話ではなく 政府の枠内での手話として足枷

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  手話通訳制度調査検討委員会報告書(1985年5月20日)      の問題点とその後の手話通訳制度に与えた影響 (6)

 

 政府が国会答弁で、手話の数が少ないから健常者が使用している3万語程度にしなければならないかのように示唆したこと。
 その背景は、政府・厚生省によって全日本ろうあ連盟への委託という形態をとりながら内実は全日本ろうあ連盟に「ある意味の縛りをかけ」て政府・厚生省の思惑どうりにことを進められていこうとしたとも考えられる。

  

手話そのものについて政府が干渉し・指導し
         ろうあ者が創りあげてきた手話を改廃

 

 手話の「開発」と称して、手話そのものについて政府が干渉し・指導し、ろうあ者が創りあげてきた手話を改廃し、そのうえに手話通訳者の派遣・認定という形を造り上げようとした。
 そのことへの疑問や批判を逃れるために全日本ろうあ連盟の名前を出しているのである。

 

     政府自らがすべきことであった

 

 日本政府は他国のように国が責任を持って膨大な費用も投じてろうあ者が使っている手話について詳細な調査も簡易の調査もしない。
 そして手話数が少ないと断定し、手話を「開発」してその数を急速に増やそうと強弁してた。
 このことは、ろうあ者が使っている手話を調査・記録するためには膨大な調査と研究と費用を必要とした。民間ではとてもやれないが、とても大切な調査研究であった。
 ろうあ者の基本的人権を保障する上でも。
 それは、政府自らがすべきことであった。

 

   政府の巨大な権力の前では 団体は思いのままに動かせる

 

 だが、日本政府は、一番費用がかからず一番安易で責任がかからない方法を採った。団体委託という方法である。
 この団体委託をすれば、当該団体の自由意志が働き、政府が干渉したとは受け取られず、責任は団体にあるが、団体も政府に干渉されることなく自由に検討出来ると受け入れるだろうという目論見である。
 政府の巨大な権力の前では、団体は思いのままに動くだろうと考えていたようである。
 だが、アイラブパンフ運動は、その政府を震撼させることになる。

 

   日本政府は ろうあ者が日常的に使っている手話を

                 尊重する意図もない

 

 日本政府には、ろうあ者が日常的に使っている手話を尊重する意図もないばかりか、ろうあ者のコミュにケーシュン手段を限定し、断定する姿勢が如実に現れていた。
 しかし、残念なことは、これらの問題を含んだまま手話の「開発」が日本ろうあ連盟に委託された、全日本ろうあ連盟が受け入れたことである。

 政府が調査し、それに対峙してろうあ者側が調査する。
 そのことによる交流・検討で従来の手話プラス「必要で新しく考えなければならない手話」がろうあ者の理解と合意のもとに認められるということがなされなかった。
 政府の枠組みの中でとんどんと「新しい手話」が作られ、それが既存の事実として押しつけられていく。

 

   ろうあ者によるろうあ者のための手話ではなくなり

           政府の枠内での手話として足枷

 

 国会での質問と答弁という出発点からして「新しい手話」が、ろうあ者によるろうあ者のための手話ではなくなり、政府の枠内での手話として足枷がかけられていたことは明白である。
 このことにより、ろうあ者によって創り出された手話は、口話法が強要された時代と比べものにならない「受難」の時期がはじまったと言えなくもないのである。
 手話そのものが監修され、強要され、正否の対象となり、。自由意志で使っていた手話が排除される。口話法が強要された時代にはろうあ者同士で密かに語り合う自由もあったのにそれまでも「消される」。

 

      ろうあ者の自由な手話表現を封殺する時代

 

 政府による主観的答弁と方向は、それまでの「ろうあ者の自由な手話表現を封殺する時代を造った」と言うことははたして言いすぎであろうか。

 この受難の時期以降、手話表現にとどまらず手話通訳者やろうあ者は、人間的機能を無視した手話表現の強要と手話の自由表現の激しい規制のため精神的にも肉体的にも傷を負い苦しまざるを得なくなることが増え続ける。