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手話と手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

差別をうむ 支配的なろう教育 ろうあ者はろう学校の教師に従うべきはやめて

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手話と手話通訳を考えるために  1970年2月1日 社団法人京都ろうあ協会発行資料より (7)


   支配者的なろう教育をやめて   真のろう教育を


G(A君の友人・ろうあ協会会員D
 ろうあ者とその家族との問題は複雑で重要な問題はあるけれど、ろう学校の今回の問題の責任は重要だと思う。

A君(山城ろうあ協会役員)
 そうだ、A君は6月1日から11月1日まで私はB子さんと交際した。
 その中で結婚を考えた。
 互いの家に行つていたので承諾してもらえそうだつた。
 けれどり1月2日突然結婚させないという傾向になつてきた。

 

    ろう学校の先生が事情が180度変つたことをしらせてくれない

 

 B子さんの家に行つたとき高価なおみやげをもらつて帰る時、結婚出来るものだ、と思い、車の中でうれしくてしかたがなかつた。
 けれども事情が180度変つた。
 そのことを先生か知らせてくれなかつたのは自分として非常に残念だった。

 ろう学校の先生は二人の立場を考えて、その時話してほしかつた。
 又ろう学校の先生に相談があつたとき連絡してくれたら良かつたのに。
 結局二人はよく言われる「つんぼさじき」におかれたのだと思うと残念でしかたがない。

 

  ろう学校では自分の考えを教え子に従わせ
  すぐ親の誤つた考えに結びついてしまうという問題があった

 

D(ろう学校教師)
 ろう学の中にろうあ者やその家族が相談に来たとき、私たちは、教え子を一人前にみない支配者的な考え、自分の考えを教え子に従わぜ、すぐ親の誤つた考えに結びついてしまうという考え方にも問題があつたと思う。
 本当にろうあ者の立場に立つて、問題を解決しようということが教師にはかけていたと思う。

  

なる話がならんようになつた
   ならん話をなるようにしてくれると信じていたのに

 

 そういう意味で、ろうあ者のコミユニケーシヨンと権利を保障する通訳者の立場が大切なものとなつてくる。
 又、ろうあ者の家族、ろうあ者にとつてろう学校に対する期待は大きい。
 ろう学校へ行けば「ならん話をなるようにしてくれる」と考えていたげれど「なる話がならんようになつた」とA君のお父さんは私たちに言つた。
 たしかに今回の問題をとうして、ろう教育のあり方を再検討してゆく必要があると思う。

  

 ろう学校は真実を述べていない

 

C(京都府ろうあ協会理事)
 12月14日に二人は結婚したけれど、問題は解決したと考えられない。
 なぜか、ろうあ協会の質問に対してろう学校は真実を述べていないからだ。

 又直接的には、二人の結婚をだめにした二人の先生のうち、一人の先生は誤りをみとめ、私たちと共に二人を支援したけれど、もう一人の先生は納得していない。

 

    先生は「私にまかして下さい」と言つたまま

 

A君(山城ろうあ協会役員)
 B子さんと結婚する以前、私の結婚の話があつたとき、その先生と相談した。 先生は「私にまかして下さい」と言つたままで返事はなく。
 結局、私が部落だということで相手の親の反対をうけ結婚出来なかつた。
 先生はそのことを知つていたはずなのに…。

  

 ろう学校の先生はろうあ者に対する差別的な見方をなくして

 

C(京都府ろうあ協会理事)
 私たちは、ろうあ者に対する差別的な見方に大きないかりを感じた。
 けれとも、学校の先生は、部落問題だからということを強調し、さきほどD先生が言つた、私たちに対する「支配者的な考え方」か生まれた原因と追求が弱い気がするが。

 ろう学校の先生が私たちに対する差別的な見方をなくしてほしい。


F(ろうあセンター職員・相談員)
 正月にろう学校の先生から年賀状か来た。
 その中に「まだまだ勉強がたりませんでした」とばかりあるげれど、先生も多くのことを学んだはずだ。
 それを見てゆくことが大切だと思う。

D(ろう学校教師)
 私たちは、一連の経過について、学校として、全体的な認論と、今後の教育のあり方について考えをまとめているが、A君とB子さんの結婚を通して、ろうあ者集団と教師集団が手を取り合つて斗っていくきっかけをつくったところを重視する必要がある。
 ろう学校として多ぐの誤りもあったけれど二人の話を聞くたびに「キチツ」としたものか感じられ大きなはげましをうける。