手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

手話通訳制度化をめざす運動 アイラブパンフ1,229,085部普及と意見数概要

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1985(昭和60)年8月20日から1988(昭和63)年3月31日までの手話通訳制度化をめざすパンフ 自然にアイラブパンフと呼ばれたパンフ普及状況 知られていない部分の概要

 

1,パンフ普及は全国で1,229,085部普及された。

 なおこのパンフは、全国的に割り当てられ普及したのではなく、各都道府県のろうあ協会・全通研からの要請で送付。売り上げられたものが手話通訳制度化推進本部に納められたので1,229,085部普及されたものである。

 

2,パンフの印刷費や諸経費、各都道府県への還元などを引いた後の利益は手話通訳制度化のための基金としてプールされた。そして、全日ろう連と全通研が共同で手話研究所を設立して国民からの意見に応え、団体の利益ではなくひろく国民に手話を普及する国民に開かれた手話研究所をつくるという当初の約束文があった。しかし、その後この約束ははたされずに全日ろう連がイニシアチブをとる研究所に変えられてしまった。

 

3,パンフによせられた意見はすべて各都道府県別年齢順に整理され、国民からの意見集として記録され、各都道府県に報告された。

 なお黒柳徹子さんから特別な援助があり、彼女がパンフ普及運動に賛同していることのポスター、1万枚が作成された。

 アメリカのプロカメラマンの写真を無償で使用することを快諾してくれたばかりか、推薦のコメントを3度に渡り熟考し訂正された。

 

4,1985(昭和60)年8月20日から1988(昭和63)年3月31日までに全国から30,812のハガキが寄せられ、そのハガキにはすべて手書きでさまざまな意見が寄せられていた。1,078,420字をはるかに超えるものであり、その中には各都道府県の市町村議員、都道府県議員及び国会議員の賛同も寄せられた。

 とくに、北海道が各市町村を回るアイラブパンフキャラバン隊や石川県などの国会議員との懇談会などなど多彩な取り組みの上で全国会議員にアイラブパンフを読んでもらい、意見を聞くための中央請願が行われる直前に厚生省は全日ろう連の一部役員を呼びアイラブパンフ運動の制限ー特に手話通訳者の身分保障の部分ーを加えた。そのため全国会議員にアイラブパンフを読んでもらい、意見を聞くための行動ができなくなった。しかし、それでも賛同の意見を寄せてくれた国会議員は、その後総理大臣・大臣・衆参議長などになっている。

 

5,パンフの普及は全日ろう連や全通研の会員が多いところだけではなく、秋田、岩手、山形、福島、神奈川、長野、石川、福井、大阪、奈良、和歌山、徳島、香川、高知、長崎、熊本、大分、宮崎などが壮大な取り組みをした。当時、手話通訳制度化推進本部でも感嘆の声が上がったのは、香川、山形、和歌山、青森があげられる。

 

6、パンフ普及の前にパンフの学習会が開かれ、普及する中心の人々はもちろん未就学のろうあ者にあらゆる方法でパンフ内容が説明された。パンフを指さし、私・同じ・考え・読んで・ください未就学の人々が寝食を忘れて普及したこと、お母さんが未就学で字が読めない、書けないと悲しんでいた娘さんから、お母さんがパンフをノートに書き写して勉強している姿を見て感動したなどの意見が寄せられた。

 これらからいわゆるアイラブパンフ運動は、一部の人々の運動ではなく国民全体に支えられた運動であったことが解る。

 この運動が、その後、手話や手話通訳の国民的理解におおいに貢献したことは明記しておかなければならないことだろう。

 

※ 画像はフランス映画「音のない世界で」(この訳が的確であるかどうか?)のパンフより