手話 と 手話通訳

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手話通訳者 頸肩腕障害予防基礎的知識 頸腕障害が「隠され」「放置され」ていてはならない76年 日本産業衛生学会「頸肩腕症候群」委員会はすでに指摘していた

 

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資料 手話通訳者の頸肩腕障害理解のために

 細川汀先生から指摘していただいて学んだ日本産業衛生学会「頸肩腕症候群」委員会 産業医学18巻 1976年より

 上肢作業にもとつく疾病の業務上外の認定基準」(基発59号通達)にっいての要請
                      1976年4月 頸肩腕障害研究会

 

近年における産業の合理化,機械化に伴う労働の変化が生み出した新しい職業病である頸肩腕障害などは,次第に多くの職種に広がっている,しかし,この問題についての事業場の対策は依然として十分でなく,予防および補償の対策の基準が改善されることが一そう望まれている.
 現に予防にっいては,金銭登録機および引金付工具の使用者について通達されたに止まっている.他方,補償面については,頸肩腕障害に関する認定基準の再改正が昭和50年2月に行われた(以下通達と略す).労働省の事務連絡7号によると,今回の主な改正点は

(1) 「頸肩腕症候群」の定義を医学の進歩等に応じて平易化したこと
(2) 作業態様,職種,作業従事期間,業務量についての判断基準を具体的に示したこと
(3) 鑑別診断に用いる「神経血管圧迫テスト」の手技と評価法を示したこと
(4) 「頸肩腕症候群」の療養についての一般的な考え方を示したことにあるとされている.

 これらの内容について,私達は重大な関心をもって検討を加え,併せて通達施行後の(業務上外)認定基準の運用の状況から,この通達に示されている頸肩腕障害の病像の考え方,および業務上認定の要件は職場の実情と研究の進歩に適合していない点の多いことが指摘された.以下にその問題点を述べ,認定基準およびその運用に関して改善されることを要請する.

(1) 通達は,「頸肩腕症候群」について,『種々の機序により後頭部,頸部,肩甲帯,上腕,前腕,手及び指のいずれかあるいは全体にわたり「こり」「しびれ」「いたみ」などの不快感をおぼえ,他覚的には当該部諸筋の病的な圧痛及び緊張もしくは硬結を認め,時には神経血管系を介しての頭部,頸部,背部,上肢における異常感,脱力,血行不全などの症状をも伴うことのある症状群』と規定している.

 しかし,わが国の多くの研究報告では,実際にあらわれている疾病は、従来の教科書に見られる頸肩腕症候群の病像に一致せず,また従来のそれが年齢的要因の加わった退行変性的変化などを基盤として発症すると考えているのにたいし,それらが認められない若年齢作業者に多発していることが明らかにされている,
 また,上記の定義は,本疾病を上肢を主とする運動器系の障害として捉えているが,多くの症例報告は,本疾病の内容は「運動器系のみでなく,神経系(中枢,末梢),自律神経系,感覚器系,循環器系の障害を伴う」(昭和48年度日本産業衛生学会「頸肩腕症候群」委員会報告)ものであり,「腰,下肢の症状が含まれることがあり」,「知覚障害の発現も必ずしも神経支配に一致しない」ことを認めている.
 また,本学会の報告にも中枢神経系の障害を重視するものがふえている.このように,本疾病を単なる運動器系の障害とみなし,全身的広がりをもつ疾病と認めない通達の考え方は実態に合わないものであり,この疾病の定義は改正されるぺきである.

(2)作業態様について「動的筋労作」だけでなく,必ずしも手,指をくり返し使用しているかを問わない「静的筋労作」を含めたことは,コンベア作業者などに症状が多発していることから一歩前進と評価できる.
 しかし,作業者の労働負担として,「筋労作」のみをあげ,精神,神経,感覚器の機能に及ぼす負担について触れていないことは,妥当でない.

 さらに,事務連絡7号は,「ここにいう上肢作業以外の作業で発症することは一般に乏しい」とし,重症心身障害児(者)施設および保育所保母の障害については労働医学的な解明がされていないという理由から,原則的には業務態様から除いている.
 これらのことは,学会などの報告が年々ふえており,また労働条件や施設の改善の必要が認められている事実とは全くくいちがっており,学問的進歩にこたえようとしていないと考える.
 現に保母や一般事務作業者の認定は通達施行後後退しているようにさえみえる.

 これらの点についての医学的調査研究を促進し,その成果を速やかにとり入れて,多種の職場で発症している患者の補償を促進すべきである.

(3) 作業従事期間について,通達は「一般的には6カ月程度以上」とし「作業不なれから来る単なる疲労」を除いている.しかし,作業の教育訓練や適性配置などの配慮がないために,作業従事期間が6ヵ月未満でも頸肩腕障害が多発している実例が少なくない現状で,このような枠をはめることは誤りである.現に,そのことだけを理由にして業務外とする判定があらわれている.従って,作業内容,労働条件,訓練教育,作業者の健康などに応じて期間には幅をもたせるべきである,

(4)通達は,業務起因性を証明する最大の要件として業務量をあげ,「同種の労働者」あるいは「1カ月,1日の通常」に比して業務量が多い状態が3カ月以上持続して発症することを要件としている.

 しかし,重要なことは,作業発症前の労働負荷がその作業者にとって過大であったかどうかであり,他人の作業量との比較で判定することは妥当でない.仮りに業務量が同じであっても作業者自身の条件の差によって労働負荷の程度がちがうからである.
 また,業務量の調査が発症前に個人について行われておらず,実際にはすでに症状があらわれ,そのため,作業能力が低下した段階でしらべた業務量を比較の対象とすることが多いのであるから,有症者にたいしてこのような要件を課することは適当でない.
 通達に示された「10%,20%」「3ヵ月」などの基準数値は,「専門家の意見その他を参考として常識的な線として決めた」と説明されているが,科学的なうらづけが示されていない.問題は,ある期間にどうしてもやらねばならないしごとを無理をして作業する状態を把握できればよいことである.

 事実,個人の業務量を正確に測定することは事前の体制がなければ困難であり,事業者が提出した資料は,製品量など測定しやすいものだけに限り,数値を把えにくいものを含めていないことが多い.

 なお,事務連絡によると業務量が把握し難いときは,時間外労働や休憩,休日の取得の状況から判断して差し支えないとしているが,実際の運用において時間外労働が少ないことや年休を利用していることを理由として業務が繁忙でないと判断する例があらわれていることに注意するべきである.

 多くの疫学的研究が,頸肩腕障害の主要な発生要因をさまざまな外的条件と作業者の内的条件との不均衡としてとらえており,業務量の多少だけで判断することの当らない実例が多いことを報告している.
 従って,発症要因としての業務量の把握と評価の方法については,実際には同一職種に頸肩腕障害の症状が多発している状況から改めて検討する必要があると考える.

(5) 通達は,外傷,先天性奇形のほか8種の疾病をあげて,「慎重な」鑑別診断を求め,8種の疾病に該当すれば「頸肩腕症候群」ではない(ただし8種のものの中
には別途に業務上外の判断を要するものもある)としている.
 しかし,これらの要件が,従来の認定の範囲を挟める可能性を持つことは明らかである.
 たとえば中高年齢者に退行変性を伴う症例が少なくなかったり,素因的に結合織炎が顕在化しやすい症例が見うけられることから,鑑別が困難であったり,鑑別の要件をつけること自体が誤った判断を導くことが多い,
 現に,上記の疾病を伴う頸肩腕障害が業務外と判定される実例があらわれている.
 その疾病の症状,所見,経過を中心に総合的,全体的な病像の把握を重視するぺきであり,他疾病の症状,所見がないことを必要条件としないよう,基準を改正するべきである.
 なお,通達には,鑑別診断として神経および血管圧迫テストが詳しくあげられ,「できる限り掲げられたテストを行うよう関係医療機関にたいして指導すること」(事務連絡)が述ぺられている.

 しかし,この方法が業務起因の鑑別に必ずしも役立たないことは通達自身も認めており,また神経伸展テストのように有効なテストが除かれていることも問題であろう.

(6) 通達は,「頸肩腕症候群」の病訴が筋緊張,精神的心理的緊張によって「加工ないし固定」するとし,「適切な療養を行えばおおむね3ヵ月程度(1ヵ月ないし3ヵ月)でその症状は消褪する」から,「3ヵ月を経過しても順調に症状が軽快しない場合は」鑑別診断の措置をとるよう述べている.

 しかし,ここに示されている「適切な」療養が一貫して行われていないのが現状であり,そのため頸肩腕障害の患者はさまざまな症度と病像がある.軽症者では3カ月程度で症状が軽快しても,申等度以上の症例ではかなり長期にわたる休養やリハビリテーションが必要であり,また慢性的経過を辿る症例は季節,天候,生活条件などによって症状が起伏しやすいことは実態が示している(昭和48年度「頸肩腕症候群」委員会報告〉.
 むしろ3ヵ月間同一治療を継続しても症状の好転が認められない場合,治療方針を変えることが望ましいと云うべきであろう.

 それに反して通達の指示は,患者の医療中断を招くおそれがあり,現に長期療養患者が業務外の扱いをされ,頸椎X線撮影や精神科医の診察を命令された実例も報告されている.
 問題は,適切な療養が症状に応じて,どの地域や産業でも受けられるような種々の医療や健康管理の体制を整備することであり,この点,国の姿勢は消極的であると言わざるをえない。
 
 従って,画一的に3ヵ月という療養の期限を明示することは正しくないばかりでなく,この規定によって医療などの中断が行われると反って症状が悪くなる可能性があると考える.

(7) 昭和44年の旧認定基準が,「業務による疲労から」症状が発現し,「通常始めは疲労,肩こりの状態で休養,訓練により回復する」が,「とくに素因のある者では」「医療を要する段階にまで進みうる」ので,「肩こりの段階において適切な作業管理,休養,訓練などの措置を講じる」ことを述ぺていた.

 しかし,改められた新認定基準では,「種々の機序による」としか述べず,疲労との関係や発病前における予防措置については全く触れていない.

 頸肩腕障害の対策としては,早期診断,早期治療はもちろん,発病前における措置が重要であるだけに,この点通達は一歩後退している.

(8) 以上のように,この通達の内容は疾病の実態と研究の進歩にとって疑問の点が多い,
 しかも,これが認定状況の地域格差をなくし,医師の意見が異なるばあいの対策として出されている(旧基準では基準外の症例を上部機関に稟伺する措置があったのを除いているなど).

 このことは,通達が最低基準としてではなく,最高基準として機械的に運用される危険を示している.
 もし,そうであれば,基準の目的である「労働者保護」にそって患者の業務上認定と医療を進めることを反って阻む役割を果す危険がある,私たちは,上にあげた諸点について改善するとともに,頸肩腕障害の予防,補償対策の確立と普及について努力を払われるよう強く要請するものである.