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手話と手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

一瞬の 手話 を見逃さない 一瞬の「静寂」と心理を見逃さない

 

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  (特別寄稿) 再録・編集 原爆を見た聞こえない人々から学ぶ
 佐瀬駿介  全国手話通訳問題研究会長崎支部の機関紙に52回に連載させていただいた「原爆を見た聞こえない人々」(文理閣 075-351-7553)を再録・編集して公表してほしいとの要望に応えて。


 菊池さんは、9歳の時にろう学校に入学し、10年間の学校教育を受けている。

  

   戦渦が静かに秘やかに忍び寄って来る

 

 大正から昭和の変わり目の時代。

 

 ろう学校での教育は、どのようなものであり、菊池さんはどんなことを得たのだろうか。

 

 彼はその事をあまり語らなかった。しかし、二度にわたる進級が見送られたことは話されている。

 

 19歳でろう学校を卒業した菊池さんは、時代がそうさせたようにのろうあ者と同じように木工の仕事に就く。

 

 しかし、28歳の時に戦艦武蔵の兵器関連の鉄工所で働かされる。

 

小さな工場。

 戦渦が次第に忍び寄って来る日本。

 その渦中にある長崎の兵器製造。

 でも小規模の工場は、働く者の「連帯」の気持ちでろうあ者である菊池さんを暖かくくるんでくれていた。

 

      「静寂と安定」の時間を私たちに暗示

 

 30歳を前後して菊池さんには幸せなひとときが流た。

 菊池さんは、30歳で結婚。

 

「これで生活もまあまあできたし、欲しいものを買えるようになりました。」

 

 このなにげない証言を記録した文章は、この時期の菊池さんの生活のすべてを見事に表現し、その後、予測もできないような事態が起きるなどとは考えられないような「静寂と安定」の時間を私たちに暗示する。

 

     一瞬の「静寂」と同じ菊池さんの心理を見逃していない
              一瞬の手話を見逃さない

 

「これで生活もまあまあできたし、欲しいものを買えるようになりました。」
と、菊池さんから聞き、それを聞き書きした全通研長崎支部のみんなの取り組みはひたすら感心するばかりである。

 

 空前の嵐が訪れる前の海や陸の静けさ。

 時が止まり、空気の流れさえも感じられない穏やかさ。
 このような一瞬の「静寂」と同じ菊池さんの心理を見逃していないのである。

 

 何げに見えるの手話表現に込められた菊池さんの一瞬の手話を見逃さない。

 そこには、ギラリと光る鋭い眼差しと見据えた瞳が見える。

 

 だれもが何となく読み過ごし、その深みのある意味をに過ごしてしまいそうになる一見普通の表現。普通の文章。

 

 それを「普通の表現。普通の文章」と読みとって欲しくはない。

 

 手話で聞き、手話で語られたことを聞き書き、記録することの大変さの「本当の大変さ」は、じつにこの平々凡々とした日常生活の一こまを決して見逃してはならないことにある。

 

 それが捉えられれば捉えられるほど、その後のその人の急激な人生の真の意味を理解できることになるからである。

 

 静寂で安定した幸せな日々が、苦労した菊池さんに降り注いでいた。

 彼は32歳になっていた。