手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

哀しみの事実 原爆投下の地点に穴が開いていたのに

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  (特別寄稿) 再録・編集 原爆を見た聞こえない人々から学ぶ
 佐瀬駿介  全国手話通訳問題研究会長崎支部の機関紙に52回に連載させていただいた「原爆を見た聞こえない人々」(文理閣 075-351-7553)はぜひ読んでほしい!!との願いを籠めて、再録・編集の要望に応えて

 

    冥土まで被爆したことを

持っていこうと決意してた
          でも、このままではだめなのだ

 

 ろうあ協会の結城さんに案内されて結城さんの被爆体験と逃げまどった道を一緒に歩いて、被爆体爆心地の記念塔にたどり着いたときのことだった。

 

 手話で話し合う私たちにためらいながらも語りかけてくれたのは、もう80歳をすぎたおばあさんだった。

 

 80歳を越したので冥土まで被爆したことを持っていこうと決意してた、とゆっくり話してくれる。

 でも、このままではだめなのだと思うようになって、「語り部」として修学旅行に来る学生さんに被爆したことを語った。

 

 もう死ぬのはそこ。

 

 私は、被爆の時はそに見える川のほんの少し下で洗濯していた。

 

 原爆が落ちたときはなにがなにか……

 

 大きな岩の影で助かったんじゃなか。

 

 みんな死んどった。

 

 この真上で原爆が炸裂したん。

 

 たすからんわ。でも助かった。

 

 原爆投下地点の記念碑の下に被爆者の死体がたくさん埋まっている。

 

 そこの記念碑の前のお花畑には炸裂した時には、大きな穴が空いて、みんなの死体を運んだ。数えんきれん人が花壇の下に埋まっている。

 

 みんな向こうの記念像ばかり行ってここに来てくれん。

 

 水、ミズどんなにみんなが言い続けていた。

 

 だから今日も私は水を持ってきた。

 

 おばあさんの指さす方向。

 

    眼に「ミズ」という唇の動きが

 手を差しのばして飛び込んでくる

 

 何十年もして、おばあさんの言っていたことが事実だったと解った。あれから長崎に入っていないが、原爆投下の花壇の処の地下が公開されているらしい。

 

 奇跡的に生き残ったおばあさん。

 

 洗濯していたと指さす方向は、原爆投下地点から100mも離れていなかった。

 

 爆心地。

 

 みんなの思い。

 

 佐々木さんの想い。今も目の中を交差する。

 

 佐々木さんの原爆投下の地点に穴が開いていると探し回ったのは哀しいが間違いのないことだった。

 

 巨大でなかっただけに見いだせなかったのか、死体が次々と投げ入れられたので解らなかったのか。

 

 今は知るすべがない。

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 原爆投下翌日の爆心近くを歩く佐々木さんの眼に「ミズ」という唇の動きが、手を差しのばして飛び込んでくる。

 

 心の中の会話。

 

 あらゆる気持が凝縮されて   「よかよか」と会社は解散 

 

 職場でお互い死んだと思っていたのに再会する喜び。

 

 仕事どころでないのに、昨日仕事をさぼったことへの詫び。

 

 「よかよか」

 

 社長の言った「長崎ことば」は、なんという深くあたたかみを含んでいる「ことば」だろうか。

 

 死んだとされた佐々木さんは、社長が手帳の佐々木さんの横線を消して蘇り、会社は解散。

 

 たった1ページの中に人間の生きるということ死ぬということ、死んでいなかったということ、なにもかもが破壊されても、それでも生を絶やさずに燃やそうとする息吹が感じられる佐々木さんと社長と従業員のあらゆる気持が凝縮されている。

 

     2ヶ月後に

原子爆弾」という珍しい名前を知る

 

 仕事場を失った佐々木さん。

 

 それでも爆心地点を探そうとする。

 

 4日目。

 

 見たものは、真っ黒焦げなった子どもの死体。

 

 その叫び。

 

 聾学校の先輩の死体。

 

 町中の火葬。

 

 馬の屍の変移。

 

 死体の中で生きることが出来ないと歴然と分かっている人々のすべての表情と状態。

 

 それらのすべてを目にした佐々木さん。「爆弾の穴」探しをあきらめきれなかった。

 

 爆弾は空で爆発して「熱いものが下に落ちました」との親の説明に「少し納得」し、その後佐々木さんは、2ヶ月後に「原子爆弾」という珍しい名前を知る。