手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

急変ぶりと人々の姿を克明に証言

  (特別寄稿) 再録・編集 原爆を見た聞こえない人々から学ぶ
 佐瀬駿介  全国手話通訳問題研究会長崎支部の機関紙に52回に連載させていただいた「原爆を見た聞こえない人々」(文理閣 075-351-7553)はぜひ読んでほしい!!との願いを籠めて、再録・編集の要望に応えて

 

  大反対を受けながら

渡辺さんは 幸せ 不幸せを

             考え結婚の道に

 

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 渡辺初子さん。26歳の時に結婚。            

 

 聞こえない二人の結婚。

 

 大反対を受けながら、渡辺さんは、幸せ、不幸せを考え結婚の道にすすんでいく。

 

 まさにその時、日本は戦時下の最中。

 夫の実家に帰った新婚旅行の1週間。

 

 束の間のひとときは、彼女の喜びの空間で一杯になっていた。

 

 戦争はますます拡大し、空襲警報が聞こえない二人は、結婚に大反対された渡辺さんの実家で暮らすことになる。

 

    歯を食いしばって赤ちゃんのいのちを育て

 

 すべて戦時色で、すべての人々が生き残ることを考え肩寄せ合っていた時期に渡辺さんは長男を出産する。

 

 炭火で沸かした産湯。

 

 おしめを取り込んで防空壕に逃げる日々。

 

 切なく哀しみの多い日々の中で、歯を食いしばって赤ちゃんのいのちを育てようとする渡辺さんの日常が切々と話されていく。

 

     夢と消えた自分たちの生活の場 
         それでも生き抜いて

 

 両親が満身込めて働いたお金で建てた家も強制疎開

 

 何もなくなった実家の跡。

 

 もったいなかったのは、すべての過去の歴史。

 

 夢と消えた自分たちの生活の場。

 

 それでも、渡辺さんたちは、生き抜いていく。

 

 それから1年もたたずに巨大な悲劇が渡辺さんたちを襲う。

 

   「手のひらと人差し指」の手話で

 

 8月9日。

 妹の花嫁衣装を縫を縫っていた渡辺さんは、父親に呼ばれて正覚寺の階段から遠くに浮かぶ落下傘を目撃する。

 

 その様子が、「手のひらと人差し指」の手話で示されている。

 

 それが、「原爆観測用ラジオゾンテ」であったとは、誰もが夢だに考えなかっただろう。

 

 同時刻、松井トクさんも渡辺さんたちが目撃した地点の近くの舟大工町で「高いところに黒くてまるい物」をみんなと一緒に目撃し、しばらくして叩きつけられた衝撃を受けている。

 

 同時刻、目撃。

 

 しばらくしての原爆投下。

 

 その時間の差はどれくらいであったのだろうか。

 

   急変ぶりと人々の姿を克明に証言

 

 松井トクさんも渡辺初子さんもそのほんのわずかな時間に歩いた方向でいのちが救われている。

 

 渡辺さんは、急変ぶりと人々の姿を克明に証言している。

 

 ガラスの刺さった顔。

 

 流れる血。

 

 燃えつきた髪。

 

 焼けこげた服。

 

 熱でねじ曲がった腕。

 

 起きあがることも出来ない人。

 

 浦上方面に見えるどす黒い煙。

 

 28歳の渡辺さんには、黒い煙の舞い上がるもとの人々の日常生活が見えたことだろう。