手話を知らない人も
手話を学んでいる人もともに
{新投稿}ー京都における手話研究1950年代以前の遺産と研究・提議 佐瀬駿介ー
天ぷら。
左側は、髪の毛を下に動かして油(髪の毛に油をつけていた時代の表現を伝習)の手話と右側は、なべて下から火をたぎらせる手話。
合わせて、天ぷら、揚げる・揚げ物の手話。揚げるものによって手話は違ったりします。
大きな魚、山菜、餅などなど。大きさや仕種でその様子が、見てとれるのです。
竹の子。
京都では多く竹林があり、至る所で竹の子が採れた。食する竹の子は、地面から出ようとする竹の子でないと食べられない。
大地から掘りたてた竹の子の皮を幾重にも重なって表現して竹の子の手話。
右手と左手の両手に少し膨らして上へと重ね合わす手の動きは、竹の子の特徴を見事に捉えている。
竹の子の皮は、いろいろと使われた。
観察眼の鋭さと特徴を圧縮して単純化する手話をここでも見いだすことが出来る。
竹 の 子(この場合は、ひざあたりで手のひらを広げて左右に動かす=子ども の意味)もありますが、明石欣造さんの「竹の子」の手話は動きと雰囲気も醸し出されます。
学んで欲しい手話です。
丼。
上から降ろして丼の漢字を表す手話。
井戸と丼は点があるかないかの違いであるが、手話では井戸は人差し指と中指で井を組み合わせるが、丼は、ご飯に具材を乗せることから右手を上から降ろして丼として、井戸と区別している。
写真をよく見ると、左手を少し上方向に動かしていますが、これは丼を盛り付ける動作を併せて表現しているものです。
ただ右手を下ろすのではなく左手を少し上げることで、丼の盛り付け状況を現しています。
右手を下ろす程度で、盛り付けが多いか、少ないかまでを手話表現で一度に表します。
涎が出るような表情をすると、最高に美味しくて大盛りの丼。
漢字をとりいれた手話表現が、ひとつの動きで違いを表している。
近年、丼の手話を上から下に合わすだけで「丼」とする手話資格試験があるらしいが、上から振り下ろす動きに丼をイメージした動きは見られない。
結果的にこれらの丼は、手話でこうするの、という結果と形に拘ったもので手話表現の感性はない。感性を無視した手話は、手話表現のもつ意味や多彩に変幻させることが出来る可能性を閉鎖している。
井戸の手話をして真ん中に点の指を添えても見る側には違いが解らない。
相手に伝えようとする知恵の総結集とも言える。