手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

手話で支那はかって「辮髪」を表していたが消えさせていいのだろうか なす なすび 支那そば 南京豆  京都の手話

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手話を知らない人も

               手話を学んでいる人もともに
  {新投稿}ー京都における手話研究1950年代以前の遺産と研究・提議 佐瀬駿介ー

 

なす。
なすび。

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 京都の野菜は、いろいろの種類があり、多彩である。形も違っている。

 

 写真の場合は、右手でなすびの形を表し、左手でなすのへたから伸びるつるを現してなすの手話。

 

 賀茂なす、となればもっと多きいいので右手は球体で現す。

 

 

支那そば。

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  支那そばという言い方は、支那という言葉が「差別用語」とされてから中華そば・ラーメンと言い換えられるようになった。
 
 屋台の支那そばは安く、特に冬は身体も心も暖めてくれた思い出があると明石欣造さんは話し、支那そばを食べに連れて行ってくれた。

 

 支那という言葉は、中国の人々が使っていた言葉で日本へは、仏教の伝来と共に「支那」・「脂那」として伝わった。

 

 現在でも支那竹(しなちく)、シナソバ、東支那東シナ海)などの言葉が使われている。政府は、東シナ海と表記してカタカナで「シナ」と表記しているが、中国は「東中国海」と表記している。

 

 手話で、支那はかっての中国男性の「辮髪(べんぱつ)弁髪」の様子を頭の中心から長く編み上げた髪の毛を現す。

 

 支那(辮髪、弁髪)と箸で食べる様子で、支那そば、という手話である。

 

 歴史的経緯からこの手話表現は伝承されていい手話でもある。

 

 髪型の形からその国や職業や風習を現す手話は数多くある。入れ墨などの手話もさまざまあるが、言葉として「禁止」されているが、これはこれで消し去るものではないと思える。

 

 なお、支那という手話以外に帽子を頭に乗せるしぐさや挨拶の仕方などあるが、中・国などの手話表現は、1960年代から使われ出してきている。

 

 その時代時代の手話は、その時代を映す鏡であることも再度強調しておきたい。

 

  南京豆。

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 南京豆は、南アメリカから地球を旅して、江戸時代に中国から伝わったが、南京港から船で運ばれたため南京豆とよばれたが、落花生、ピーナッツ、唐人豆、地豆などの呼び方がある。

 

  手話では、支那として、茎付き豆を表して南京豆と表現している。

 

 南京という手話もあるが、ここでは中国の豆、ともとれるように表現されている。

 

 他にも南京豆の殻の形や口に入れてほうばる様子の手話表現もある。