手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

「ろうあ者の基本要求」に基づく要求実現のための妥協なき激しい要求運動が怒涛の勢いで

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 手話を知らない人も

       手話を学んでいる人もともに
  {続投稿}ー京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介ー

   

「かしこい」ということから
  「みんながかしこくなる」

 

 ろうあ者成人講座の前と後の繰り返しの中で「まねる」から「学ぶ」となって、それがみんなの頭の中にしっかり覚えられていったのである。

 

 学ぶという言葉の語源は、まねる、ということを考えるとまねる=学び合うと一層みんなの笑顔が輝いて見えた。

 

 学び合いの中で、誰がかしこい、などという考えは徐々に消えていった。

 

「かしこい」ということから「みんながかしこくなる」と変化したのである。

 

   血が通う手話が産まれる

 

 それまであった「ねたみ」「しっと」「悪口」が様変わりして。手話表現に血が通い始めた。

 

 ろうあ協会の要求運動が進むにつれ、「学び合う」「教え合う」ということはみんなをまとめるだけでなくみんなの知恵の結晶となって不動になっていった。

 

    ろうあ者の基本要求作成

 

 そこから「ろうあ者の基本要求」が作成される。

 

 この基本要求を今、読み直してみても実に簡素化であるがこれだけ素晴らしい要求が、みんなで練り上げられたことに対してろうあ協会の方々に惜しみない拍手を贈りたい。

 

 この「ろうあ者の基本要求」に基づく要求実現のための妥協なき激しい要求運動が怒涛の勢いですすめられる。それまでの涙と汗と血を練りあげながら。