手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

聞こえない から表情やその人の状態を 聞こえる人 より鋭く捉えるのは必然

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手話を知らない人も

                 手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃のことから}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

  

 また 来よった 

    ぶっきらぼうに「用件は!!」

 

 宇治市役所の福祉事務所をたずね時に、窓口の女の人が僕たちを見つけて、いやな顔つきでとなりの女の人に「又 来よった」とか何とかささやき、二人でこちらを見てから、のろのろと対応に出てこられた。ぶっきらぼうに「用件は!!」ということを山城ろうあ協会(京都府下南部のろうあ協会名)が山城ろうあ協会の新聞に掲載した。

 

それを地域の新聞がとりあげ問題になった。

 

宇治市はそのためこの問題を無視することが出来なくなった。

 

 この時、宇治市役所福祉事務所の職員が、ろうあ者は、「いやな顔つき」「のろのろと対応」「ぶっきらぼう」などのについては「誤解だ」と言い続けていた。

 

  「いやな顔つき」「のろのろと対応」「ぶっきらぼう」

 

 「いやな顔つき」「のろのろと対応」「ぶっきらぼう」の対応をした人とも話をしたことがある。

 

 またその時宇治市役所の福祉事務所を尋ねたのがろうあ者相談員の大矢さんだった。

 

 両者からのちのち話を聞く機会があったが、どうも「いやな顔つき」「のろのろと対応」「ぶっきらぼう」は本当のことであったと思えることが多々あった。
 

  表情やその人の状態を
 聞こえる人より鋭く捉える

 

 ろうあ者は、表情やその人の状態を聞こえる人より鋭く捉えることが多かった。

 

 「聞く」とことに主として依存している場合と「見る」ことに主として依存している場合とでその差が出てくるようである。

 

 私の手話学習は、ろうあ者の「手真似」を「まねる」ことからはじまったと書いたが、まさに手話学習は全身を使ったコミニケーションだった。

 

 なんの表情もないままの「うれしい」と少し笑顔の「うれしい」や顔中くしゃくしゃにして「うれしい」と言う場合は、同じ「うれしい」でも、うれしいの伝わり方や受けとめ方が違ってくる。

 

 無表情は、一番ろうあ者から嫌われた。

 

 それは、その当時ろうあ者の置かれていた社会状況にも関係していた。

 

 そのため初級手話教室(1984年4月20日 発行全日本ろうあ連盟)を作成するときに手話のひとつでさまざまな意味あいが表現できる、と言うことを掲載するため考えた。