手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

烈火の如く怒られ 憎悪の眼差しとともに

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 手話を知らない人も

            手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

 聞こえる立場同士で話をしてとっちめて、証拠をつかんでくれ、という悲痛な気持ちでろうあ協会の役員から言われたことは解らないことではなかった。

 

 ろうあ協会でこれまで多くのろうあ者やろうあ女性が被害に遭って何度も取り組んできたが、それが出来ないできた。聞こえる、手話通訳者ならこの問題はなんとかしてくれるのではないかと意見が出され、そのまま持ち込まれてきた。

 

 だが、期待される内容はあまりにも重たかった。

 

被害者の家を尋ねる
       烈火の如く怒られ

 

 大変な問題、悲痛な気持ちに後押しされて被害女性の家を順に訪ねることとなった。
 
 当時の刑法では、あくまで被害者が被害届けをしない限りは、刑事事件とされない仕組みだった。

 

 ともかく被害女性に会わなければならなかったが、被害者の家を尋ねると烈火の如く怒られた。

 

 憎悪の眼差しとともに物を投げつけられた。

 

 絶対家に入れてもらえないばかりか、被害者のろうあ者の女性に会うことは絶対出来なかった。

 

 ろうあ者の女性は被害を親に訴えてからは家から出させてもらえないでいた。

 

加害者の家に行って
 聞こえる立場同士で話をして
     とっちめて証拠をつかんで

 

 とすると、こんどは、ろうあ協会の役員が加害者の家に行って、聞こえる立場同士で話をしてとっちめて、証拠をつかんでくれ、と言われた。