手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

4年もの歳月を盲ろう分校作りにかけずりまわったろうあ協会先輩の深層

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手話を知らない人も

      手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

 4年もの歳月を分校作りにかけずりまわった先輩の心の底には、

 

「ろうあ者も人間だ。勉強しなければならないのだ。そして、このふるさとで暮らしてゆけるようにしなければならないのだ。聞こえる人と共に暮らしてゆける地域にしなければならないのだ」

 

との、すばらしい地域論が脈々と流れていたに違いありません。

 

 分校づくりは、もう一つ、民主的な地域づくりという意味を持っていたのです。

 

共に育ち合う地域づくり
 崇高な願いへの共鳴
 
500名もの署名。

 

 それはとりもなおさず障害児者と共に生きる。

 

 共に育ち合う地域づくりと崇高な願いへの共鳴に他ならないと思うのです。

 

 この精神は、同時に1949(昭和24)年以来の与謝の海養護学校づくりの10年にわたる運動にも生かされ、さらに今、分校中学部を守り発展させようという運動に引きつがれているのです。