手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

手話のできるろう学校教師は手話と教育を理解していたのだろうか 第一回全国手話通訳者会議の考察

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手話を知らない人も

     手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議佐瀬駿介

 

  手話のできるろう学校教師は
 手話と教育を理解していたのだろうか
 

 伊東雋祐氏の第一回手話通訳者会議での発言と問題はすでに「手話と手話通訳」
2014年12月8 日の伊東雋祐氏 が1968年福島県で開催された第1回全国手話通訳会議で報告した概要の批判・問題点と弱点

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http://sakukorox.hatenablog.com/entry/2014/12/08/012205

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を参照していただきたい。

 

 第一回全国手話通訳者会議でのろう学校の教師である東京の大久保襄氏の意見に次のような問題がある。

 

思考されていない
  ろう学校の教育の方向

 

 1、ろう学校の生徒や卒業生の状況をあれこれと述べるが、問題はそれを改善していく方途や卒業生の状況から学んでろう学校の教育をどのようにすすめていけばいいのかが思考されていない。

 

 口話教育が十分にゆきわたれば、その必要はないという。口話教育をあげている人にみられる。

 

 しかし、それでは、4mの巾とびが出来る人がいるなら、4mの川には橋をかけずともいいではないかという考えでもよいだろうか、との例は口話教育が十分ゆきわたればいいとする人への批判にならない。

 

一挙に差別意識と断定
 何が原因であるのか

   との深い洞察はない

 

 ある生徒は喩え4mの川を越えることが出来るとしても、4mの川を越えられられない生徒はどうなるのかという問題を提起しないで、一挙にその原因を「差別意識」として断定する。

 

 だが、「差別意識」が誰がどのようにあり、その意識は何が原因であるのかという深い洞察はない。

 

 差別意識と言うだけでは4mを越える生徒も4mを越えられない生徒の教育を考えていないと自ら証明しているにすぎない。

 

 4mを越える生徒がいたらとするならば、なぜ4mを越えられたのか。

 

どの生徒も成長出来るろう教育が
   保障され実証されていない証

 

 4mを越えられない生徒がいたら、なぜ4mを越えられないのかを考えてこそ、すべての生徒にもにひとしく教育が保障され、どの生徒も成長出来る教育が保障され実証されるはずである。

 

 ろう学校教師の本務を脇に置いたろう学校生徒の状況の羅列や表面的解釈はこの頃から多くのろう学校で観られた。

 

 教育の分野で口話法が主流だとすれば、それに迎合しつつ、一定の距離を置いているかのような話して自己免罪する傾向は少なくなかった。

 

 京都の伊東雋祐氏もこの第一回手話通訳者会議でもそれ以降でも、「口話法の問題の羅列的例」をあげるが、自らそれに対峙してろう学校生徒に適切な教育とその改革を提案出来ていないでいる。

 

 福島県立福島ろう学校長長谷川秀夫氏の

「私は、ろう学校の校長になりまして5年になりますが、先輩の方々の生活の様子やお話をきくたびに、手話の必要性をつくづく痛感させられました。ろうあ者とのつながりを持つには、どうしても手話が必要です。手話を知っているのと、知らないとでは大変な差があります。福島ろう学校といたしましでも、校内の現職教員の一環として手話の講習会をやりたいと思っています。」

の意見のほうが、ろう学校の卒業生と接して、考えろう学校教育でなすべきことを率直に述べ、教育としての方途を提起し、具体的に取り組もうとしていると言える。