手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

手話通訳者 を積極的に養成し 組織し 育ててきたろうあ者・ろうあ協会 第2回全国手話通訳者会議および通訳者研修会 1969年

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手話を知らない人も

                     手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

 1969(昭和44)年5月10日から11日まで、熊本県で第二回全国手話通訳者会議及び通訳者研修会が開催された。

 

 この第二回全国手話通訳者会議以降、手話通訳者会議は大きな変容を遂げて行くことになる。

 

 手話通訳者会議の主体確立の模索

 

 第一回手話通訳者会議が1968年に福島県で開催され翌年、熊本で第二回の会議が開かれる。

 

 会議の準備・整理・費用等がすべて全日本ろうあ連盟の負担であった。

 

 全日本ろうあ連盟がすべて負担するという現状に対して、手話通訳者の主体的な会議として開催すべきではないかという意見が、全日本ろうあ連盟・手話通訳者の中で出てきていた。

 

 だが参加者数を見ても参加者61人(第一回手話通訳者会議94人)。

 うち女性20人、男性61人、参加都道府県24都道府県。

 

と全国を網羅した参加者、人数となっていないため手話通訳者たちが単独で全国交流会や会議を開催することは困難であった。

 

 さらに開催県との距離、旅費等の問題等があった。だが、ろうあ者大会に参加するろうあ者のほうがあるかに負担が多かったことも考えなければならないだろう。

 

手話通訳者を養成・組織してきた

         ろうあ協会を忘れてはならない

 

 手話通訳者の全国的状況から考えて手話通訳者が全国会議を開催するだけの力量を持ち得ていなかったのがよく解る。

 

 その反面、ろうあ協会・全日本ろうあ連盟の努力によって全国的な手話通訳者の会議が開催されたことについて、ろうあ者の手話通訳への切実なねがいと期待がどれほど多かったのか想像に難くない。

 

 手話通訳者を積極的に養成し、組織し、育ててきたきっかけがろうあ協会・全日本ろうあ連盟であったことは、決して忘れてはならない。