手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

ろうあ者大会などで各地域で手話を学ぶ人々の機会がつくられて 第2回全国手話通訳者会議および通訳者研修会 1969年

f:id:sakukorox:20180806141101j:plain

手話を知らない人も

                  手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

 以下伊東雋祐氏はもちろん京都のメンバーが発言している内容のほとんどが手話サークルみみづく会手話通訳団会議で論議され、検証されたものであるものとして理解していただきたい。

 

激烈な論議と妥協なき意見交換
  と共通認識を広げる

 

 昼夜を分かたずみみずく会手話通訳団会議は激烈な論議と妥協なき意見交換をおこなって共通認識を広げてきた。

 

 今日では、想像できないであろう。話、学習し、論議尽くした。このみみずく会手話通訳団会議ではその後の手話通訳の基本条件となる諸問題のほとんどが検討されていたと言える。

 

 第2回全国手話通訳者会議
      日本各地の状況 1969年

 

 手話通訳上の悩み・各地域の活動状況(以下、概要を掲載 若干の解説と考察を試みる)

 

  出席者自已紹介
  伊東(京都、教師)、寺山(水戸)、内田(埼玉、元教師)、伊藤(愛知、ともしび会)  今井(愛知、 ともしび会)、長谷(大分、ろう施設職員)、 向野(京都府職員)、 みとめ(熊本、わかぎ会)、古賀(熊本、わかぎ)、藤谷(東京、,教師.)、藤森(東京、教師、.手まねを学ぶ会)、吉森(京都)、坂本(静岡、.国鉄職員)、丸山(神奈川)、西( 東京、こだま会)、木庭(熊本、わかき会) 野沢(東京)、上森(東京、手まねを学ぶ会) 笠置(東京、こだま会)、橋本(島根)、吉本(東京)

 

司会  各地の状況ならびに、サークル結成の動機等について話し合っていただきたい。

 

  ろうあ者大会を前に

       県とろうあ協会が手話講習会

 

木庭

 

  熊本で、ろうあ者大会を開くにあたつて、 熊本県とろうあ協会とで手話請習会が行なわれ、その中から,数入が残つて設立。

 

 現在15名。新会員を中心とした勉強会。

 

 東京の貞広先生の手話を見ていてわからないときもある。各地の交流と手話の統一が

必要と考えられる。

 

手話通訳者会議の継続開催を

 

坂本

 

  静岡では、.通訳者として、個入的な中から,手話を習得している。

 大会だけにこだわらず、年に1回1か2回,このような通訳者会議を開いてもらいたい。

 

アメリカ・カナダの手話奉仕活動から

 

笠置

 

 3年前、 米国・カナダの奉仕活動を見て来た。 講演会のときの飯塚千代子さんがやつている通訳を見て、自分の講演を自分の手でやろうと思ったのが動機。

 

 1昨年の6月、ろうあ者の朝日さんを中心として, 毎週木曜日に集って研修をはじめた。

 

 希望者が多く、場所がなくなり、銀座のキリスト教会を借りるに至つた。

 

 健聴者だけの集りから、ろうあ者も入て<る集りへと変つて行った。

 

  現在  第1、3土曜日  年後6時から,
  第4土曜日   テープルマナーの講習をしている。

 

 などろうあ者大会などを契機に各地域で手話を学ぶ人々の機会がつくられたり、諸外国の取り組みの教訓を引き継ぎ日本でも同様の手話を学ぶ条件を整えようとする動きが広まってきていることが解る。