手話を知らない人も
手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介
ろうあ者の手話は「昔の手話」と
決めつけられて認知されてこなかった
二つの動作が出来るということは、その組合せで無限の動作が出来るということであ
り、手話獲得の可能性を示していたのである。
言語のところで「伝達するために用いる記号体系。」
と書いた、この二つの動作が出来るということは、その組合せで無限の動作と体系化は、残念ながら充分体系化されなかったためにろうあ者の手話は「昔の手話」と決めつけられ認知されてこなかったのではないかと考える。
この手話の体系化の実証的研究を始めたが、時間的物理的条件で出来得なかったが、全国の人々の協力によって出来うるはずだった。特に全国手話通訳問題研究会はそれを受けとめ系統的追求をはじめたが、しばらくして方向転換した。
二つの身振り動作が
出来るとことは組合せで無限の動作が可能
二つの身振り動作が出来るということは、その組合せで無限の動作について、過去、なかなか理解してもらえなかったが、現代社会では、「アナログ」と「デジタル」が理解されてきているの広く理解出来るだろう。
二進法で膨大な情報の処理と伝達を行う
極めて大雑把に書くと、Analogアナログは、連続した量を他の連続した量で表示する。
Digitalデジタルはが連続量をとびとびな値として表現する。
がここで、デジタルは、すべてのデータを0か1で処理している。コンピュータは二進法を使ってデータを処理するといわれコンピュータでデータを処理する時にはすべて0か1、すなわち整数に置き換えています。
この二進法で、膨大な情報の処理と伝達を行うことが出来るのであるから、身振りや手話が「二つ」出来るということは、その組合せを無限に続けることが出来るとともに、その組合せから数え切れない手話表現が出来るということになる。
空論のように思えるかもしてないが、身振りや手話の現実使用を見るとそれは無限の広がりを示唆しているのである。
手話を急速に獲得していく可能性を表現
「食ぺる」「ねる」ぐらいの身ぶりだけだった佐藤さんが、5年の月日の働きかけで、ろうあ者のリーダー田中さんが、「元気?」の手話をすると佐藤さんから「元気」という答えが返ってきて、その日の出米事を身ぶりで語るようになった。
そして、佐藤さんは、テレビを指さし、全身で何かを語る。田中さんは.「ふんふん」とうなづきながら、ときおり手を動かして話を確める。
この「変化」に身振りや手話が「二つ」出来るということは、その組合せを無限に続けることが出来、コミュニケーション手段としての手話を佐藤さんが急速に獲得していく可能性を表現しているのである。
手話表現に限界はない、と言えると共に手話獲得による新しい世界が広がることを理解してほしいと思う。
田中さんが「元気?」の手話をすると佐藤さんから「元気」という答えが返って来る偉大な変化を見て行かなければならないと思う。