手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

手話テキスト 動きをイメージ出来るイラスト含めて さらにビデオの導入も

 

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 手話を知らない人も

    手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

全国手話通訳問題研究会結成の思いと行動 

全国手話通訳問題研究会結成当時の初代事務局長谷勇男氏へインタビュー

 

ーー手話テキストのイラストは、動きをイメージすることを含めて作成するので非常に難しいですね。

 

 そうですね。

 

 美術大学の後藤さんという学生さんがいて今まで表現出来なかった手話イラストを何度も工夫して描いてくれた。そこで、「手で話そう」のイラストでも描かれた手話テキストの形態ができた。

 

 さらにその後、「手で話そう」は連さんと山本さんの協力もあり手話テキストが引き継がれて出されていった。

 初版から重版を重ねて。ライオンズクラブの人々が、いいもの出来た、と。単なる寄付ではなく生きる寄付だ、ということで評価していただいた。それを原資に発行し続けた。

 

 全日本ろうあ連盟がつくった「私たちの手話」が出版されていなかった以前のことですが。

 

莫大な寄付で購入された
 ビデオレオレコーダとカメラ

 ろうあ協会の反対の中で若いろうあ者が

 

ーーライオンズクラブからは、今では信じられないほど高価だった当時カラーのビデオはなく白黒のポータブルビデオレオレコーダとカメラが寄付されていますね。

 

 あのポータブルビデオレオレコーダとカメラが寄付はろうあ協会は大反対だったんです。

 

ーーええ、どうしてですか。

 

 ろうあ者にそんなものは要らない。

 

 でも、大矢君がこれからはそういう時代が来るので映像を記録して、ろうあ者のためになる時代が来るのでは、と主張した。

 

 若いろうあ者は喜んだ。


  新しい時代が来る、と。