手話を知らない人も
手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介
ろう学校の先生も一緒に行くという連絡を受け二人で加害者の家を訪ねることになった。
主人は帰らないので
もう一度出直してに淡い期待
加害者のアパートを訪ねると、奥さんが出てきて夜遅くにならないと主人は帰らないのでもう一度出直して欲しい、ととてもていねいな話しぶりだった。
主人に何度も加害者の家を訪ねたけれど、また、奥さんが出てきて夜遅くにならないと主人は帰らないので、もう一度出直して欲しい、と言う。
奥さんの話ぶりから、加害者は夜おそくまで働いていて、E君の事故補償を少しでもしてくれるのではないか、とろう学校の先生と淡い期待を持った。
深夜に加害者の家を訪ねた。
お前らどうにでもできるぞ
刃物をちらつかせて
加害者にやっと会えた。
が、加害者は最初から暴力的威圧的言動を繰り返し、ていねいに答えていた奥さんは何度も尋ねたことを話しても知らんぷり。
さらに加害者は暴力団の組員であるとまで言って、
「自賠責保険 そんなもの知るか 」
「何を言いやがる」
「お前らどうにでもできるぞ。」
と凄みをきかせた。
「それで でも……」
と言うと逆上して「ドスのような刃物」をちらつかせてきた。
お話わかりましたと
脱兎の如く走り去る先生を
ろう学校の先生は、すくんでしまって
「帰ろう。お話わかりました。」
と言いだす。
「帰る言ってんのやら はよ帰れ!!」
と加害者に言われてろう学校の先生はすぐ立ち上がって、引き取りまもなく加害者の家から飛び出してしまった。
追いかけて
「ここで、引っ込んだどうしようもなくなる。」
「もう一度、行こう」
と言ったが、返事もなく脱兎の如く走り去った。