手話 と 手話通訳

手話通訳の取り組みと研究からの伝承と教訓を提起。苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを忘れることなく。投稿をお寄せください。

ろう学校の生徒と普通高校の生徒の出会いをありえないという人  I IOVE コミュニケーション手話テキスト

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 手話を知らない人も

   手話を学んでいる人もともに  From hand to hand{伝えておきたい手話と手話テキストのことの覚え書き}

 

 I IOVE コミュニケーション中学生・高校生のための手話テキストは、友子さんと健一さんの出会いを次のように書いています。

 

  ぼくとその子の出あい

 

 ぼくの名前は山田健一、城山高校二年生だ。

 ぼくの町は港町。連絡船がゆきかっている。その港町の城跡の中にある古い建物、それがぼくの高校だ。毎朝、ぼくは自転車で通学している。

 

 一学期も終わりの頃、ぼくは、 その子と出会った。

 

 学校へ行く途中に坂道がある。この坂を登るには、 いつもちょっと体力がいる。ぼくは、ひとこぎひとこぎ、その日も足をふみしめて、その坂を登りつづけていた。ベルを鳴らしたのとぶつかったのは同時。その女の子は、ぼくの自転車の前に倒れていた。

 

  「ごめん、大丈夫、ケガは……」

   「ありがとう」

「ごめん、大丈夫、ケガは……」

 

ぼくはあわてて荷物をひろった。

 そして、その子の顔をみた。

 

「ありがとう」

 

 高い声で彼女は言うと、 あわてて坂を下っていった。

 

「あっ待って! 手帳忘れているよ君」

 

 いそいで声をかけたけれど、彼女は行ってしまった。

 

彼女 きこえないんだろうか
  とにかくぼくは

 

 あとで考えると、その子は学校へ行く道で、ときどきみかける女の子だった。ぼくらの高校とはちがう、 遠い学校へ行っているらしいことだけは知っていた。

 

 彼女が忘れていた学生手帳には、高井友子、港ろう学校と書いてあった。ろう学校というのは、耳が悪い人が行く学校らしい。

 

 彼女もきこえないんだろうか。とにかくぼくは、これを彼女に渡さなくちゃならない。

 

 この友子と健一の出会いは、テキストをつくったかたがいくつかの事実を基に書きはじめたとのことですが、東京などで手話や手話通訳などを仕事にしている人々から「このような高校生はいない!!」と大反対されたそうです。

 

 そこで、ある高校生がバスを降りた生徒が財布を忘れていたので途中下車して大声で呼びかけた。それでも振り返ってくれないので追いかけてようやく財布を渡したなどなどの具体的な話をしたらしいですが。

 

 絶対、そんな親切な高校生はいないと拒絶されたので出会いを少し作りかえた、ある島の高校生と島から連絡船に乗ってろう学校に通うろう学校の生徒との出会いにと言われました。

 

テキストを作りはじめた1986年頃はそういうことを言うかたもおられたのでしょうか。

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