手話 と 手話通訳

手話通訳の取り組みと研究からの伝承と教訓を提起。苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを忘れることなく。投稿をお寄せください。

聞こえない人と聞こえる人は簡単にわかり合えないのですか I IOVE コミュニケーション中学生高校生手話テキスト

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 手話を知らない人も

                  手話を学んでいる人もともに 

From hand to hand{伝えておきたい手話と手話テキストのことの覚え書き}

 

 I IOVE コミュニケーション中学生高校生手話テキストでは、友子さんは、ろう学校の先輩を訪ねて話を聞く、では、健一さんはとなると手話サークルへ入って手話学習するストリーになっています。

 

 友子さんは、聞こえる人々の気持ちを知る方向ではないのです。このことを不思議に思っていたのですが、どうも二人の生徒にアドバイスした先生の役割が大きかった、いや、二人の先生はなんとなく生徒にアドバイスしたのではないことが解ってきました。

 

    簡単にわかりあえるものじゃないわよ

 

 健一さんは、

ぼくは、友子さんからの手紙を読んで、何とも言えない気持ちになった。なぜ、こんなにも気持ちが行きちがったんだろう。ぽくは、友子さんたちを本当にわかろうとしていなかったんだろうか………。

 

と悩み、担任のかよ子先生に相談します。

 

先生「そう簡単にわかりあえるものじゃないわよ。先生は、よくわかるわ。もしあなたが、友子さんともう一度友だちになりたいと思うなら、友子さんの言うように、もっと手話をおぼえることも大切じゃないかしら。先生ならそうするわよ」

 

健一「この町に手話サークルがあるそうですけど」

 

先生「じゃあ行ってみたら、あなたの他にもどんな人が手話を学んでいるか、知るのも大切じゃないの」

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  この「どんな人が手話を学んでいるか、知るのも大切」というアドバイスはとても大切であり、二人のことをよく知っていたことが I IOVE コミュニケーション中学生高校生手話テキストに描かれているのに気がつきませんでした。

 

  なめらかな手話でろうあの人に
   ぼくの言葉を伝えてくれる

 

 健一さんは、手話サークルに入ります。大学生、会社員、主婦、友子さんよりも大きく広く手を動かして語りあう光景、に圧倒されたというストーリーです。

 

 ここで健一さんは、なめらかな手話で、ろうあの人にぼくの言葉を伝えてくれるサークルの人をみて、ぼくもあれぐらいうまくなるぞと決意します。

 

  なめらかな手話でろうあの人にぼくの言葉を伝えてくれる、このなめらかな手話、と言う文を何げなく読み過ごしていました。

 

 正しい手話とか誤った手話とか、きれいな手話とか、上手な手話という表現でない「なめらかな手話」の意味を最初は、見すごしていました。

 

  間違いがない正確な手話、きれいな手話
    ではなくなめらかな手話

 

 手話は、ひとつひとつ間違いがない正確な手話、きれいな手話、と手話講習会で教えられたことはありましたが、なめらかな手話通訳などは聞いたことはありませんでした。

 

 よく考えてみると、たとえ間違いがない正確な手話であっても、手話を見る側からするとギクシャクしたひとつひとつの手話の組合せではなく、連結し合いながら手話表現がされていく手話が、見やすいし、手話の強弱をつけることで微妙な意味合いも表現出来るのではと思えるようになってきています。

 

 手話の流れと言ったらいいのでしょうか、流れの中に制止や強弱を入れるなどのことで「なめらかな手話」という文章表現がされていたのではないかなぁと考えています。