ある聴覚障害者との書簡 1993年 寄稿
聴覚障害者の施設の廊下を歩いていると忘れることの出来ない娘さんに出会った。
昔の面影は残しながも表情は生き生きしていた。
ある聴覚障害者に同行して京都府下の小さな家を訪ねたと書いたが、同行した聴覚障害者が施設の責任者になっていて、聴覚障害者の施設が出来て真っ先に彼女が入所出来るようにしたと言う。
噛みしめた「なかま」の言葉
薄暗い家にじっとして人が来るとおびえていた面影は、消えていた。
少しづつ人とのコミュニケーションが採れるようになっているという。
施設に入っている人びとを「なかま」と言っている話を聞いて、なかま、という言葉を噛みしめた。
ともかく同じ身振りと
手話をするのが楽しくてたまらない
未就学だった人もなかまに多くいた。
その人たちは、最初はお互いに話が出来きず施設職員に頼ってばかりいたとのこと。
ところが、少し手話を知っている人が、身振りと一緒に手話ですると、他の人も同じ身振りと手話をした。
意味がわかっているのかどうかわからなかったけれど、ともかく同じ身振りと手話をするのが楽しくてたまらない、なかまの様子だったと施設職員が説明してくれた。
少しづつ手話が「伝播」 こぼれる笑み
同じ身振りと手話の繰り返しが続いたが、それから少しづつ手話が「伝播」して、さまざまな手話が飛び交うようになった。
その手話が、わかっているのかどうか、と思い施設職員が注意深く見守っていると充分意味が伝わっていることが解った。
と同時に、なかまには笑みがあふれ出してきた、と聞いた。
聴覚障害者が学ぶことが大切だ、ということをこのことからも理解したのだが。