ある聴覚障害者との書簡 1993年 寄稿
「手話の伝播」までに至る「法則」
なかまには笑みがあふれ出してきた、との話。学ぶことと意味があるので少し心に留めておいて欲しい。
同じ身振りと手話の繰り返しが続いたが、それから少しづつ手話が「伝播」して、さまざまな手話が飛び交うようになった、と書いてきた。
「同じ身振りと手話の繰り返し」から「手話の伝播」までに至る「法則」があるように思えてならない。
身振りは はしたないのか
「身振り」は、原始的だから手話はもっと嫌いと瀬山君は言いつづけていたね。
今はそうではないけれど。
「身振り」を否定する人は日本では多いかも知れない。はなす時、身体を使って表現することは「はしたない」と何度も言われてきました。私も。
だが、海外に行って身振りとはなしことばをすべて使い切って会話をしている様子を目の辺りにして、考え込んでしまった。
これ(物)とあれ(物)など物々交換
特に私の経験では、ラテン系とも言われる人びとの様子は、手話で会話するのと区別しようがないと思えたほどだった。
ある国際空港で長時間待っている時に。
それから歴史を遡って、交易の時にどのようにして「会話」をしたのかということと、数字の初まりについても調べてみた。
数、は交易にとって欠かせない条件だからだ。
さて、人類の交易のはじまりは、それぞれの地域の音声言語ではなかったはずだと思う。
交易の時に何が必要だったのか。これ(物)とあれ(物)など物々交換したのではないか。
その時に非常に有益だったのが身振りじゃないか、と考えている。
人間同士が
こころを通う合わせることが出来る「法則」
さて、さて、「同じ身振りと手話の繰り返し」から「手話の伝播」までに至る「法則」と書いたのは以上のことを考えていたことと、私自身が聴覚障害の未就学の人が聴覚障害の仲間の中で「話せる」ようになったことを実体験しているからだ。
私の実体験は、ほんの一部でしかない。
でも、人間同士がこころを通う合わせることが出来る「法則」があるように思えるので説明したい。