ある聴覚障害者との書簡 1993年 寄稿
聴覚障害者の人びとは一生懸命
でもなんの反応も表さなかった
未就学の聴覚障害者と出会って、十数年経ってしまったが。
その人が、聴覚障害者の人たちの集まりに参加しはじめた最初の頃は、ただただじっとしているだけだった。
周りの聴覚障害者の人が、身振りや手話で一生懸命話しかけるが、なんの反応も表さなかった。
でも、素晴らしいと思ったのは、聴覚障害者の人々が話しかけるのを諦めなかったことだ。
自分もあの人と同じだった。
そのように言う人が数人いた。だからきっと何か出来るはず、と言うが時間だけが過ぎた。
お腹が空きすぎている
手話や身振りで「食べる」に反応しない
話が解りにくくなるので、未就学の聴覚障害者Aさんとして、他の聴覚障害者の人をB、C,D、Eさんとする。
時間が経つ中でみんなはお腹が空きすぎているのに気がついた。
昼食の時間は、過ぎていた。
注文してあった弁当をテーブルの上に運んだ。
Aさんは、運ばれる弁当を「追視」して、テーブルの上の一点に留まった。
B、C,D、Eさんたちは、手話や身振りで「食べる」と聞いてみたがAさんからの反応がなかった。
Cさんが、Aさんの前に弁当を置き、弁当の包みをほどいた。
Cさんを見るAさん。Cさんは頷いたがAさんはじっとしていた。
Cさんは、弁当をAさんの前にもう少し出して、みんなで弁当を食べ始めた。
手づかみで食べる弁当
でもとめずに時が経った
用心していたAさんは、少し安心したのか、手づかみで弁当を食べ始めた。
みんなは愕いた。
DさんとEさんがあわてて手づかみで食べるのを止めさせようとした。が、BさんとCさんは、「そのまま」とDさんとEさんを止めて弁当を食べた。
手づかみで食べる身振りに にっこり笑った
手づかみで弁当を食べていたAさんが、少し手を休めた時、すかさずBさんは「手づかみで食べる身振り」をしてにっこり笑った。
すると、Aさんは微笑んだ。BCDEさんらみんなも「微笑んだ」。
左手に箸を持ち 右手で箸の手話
みんなが満腹になった時に、Bさんが箸で食べている様子をして、左手に箸を持ち、右手で箸の手話をしてつまむ様子をした。
Aさんは、それを見て、Bさんの箸の手話と同じようにしようとした。
みんなは、拍手して微笑んだ。
Aさんも微笑んだ。
産まれた「微笑み返し」
「微笑み返し」が産まれた。
Aさんは、箸の手話も箸で食べることも知らなかったが、Bさんと同じことをするとみんなが喜ぶこと、自分も楽しいことを知った様子に思えた。
箸で食べている姿に
「いろいろあったんよ、」と
月日が流れて、AさんやBCDEさん以外の人びとも集まっている時に、Aさんが箸を使って弁当を食べているのを見て愕いた。
手づかみではなかった。
Bさんは、「いろいろあったんよ、」とうれしそうに私に語ってくれた。