手話 と 手話通訳

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教育が「働く」ことに従属することのない教育 山城高等学校 夜間課程

村上中正氏の「聴覚障害者の全面発達をめざす教育保障ー高等学校における聴覚障害生徒の教育保障と難聴学級をめぐっての試論ー」(1971年)の探求

 

 夜間定時制課程における教育と聴覚障害者教育

 

  村上中正氏は「試論」の最後に山城高等学校の定時制課程に付いて述べる。

(当時の山城高等学校は、全日制課程、普通科・商業科、通常3年間・定時制課程普通科、通常4年間であり、卒業証書には山城高等学校の卒業が気され、各課程の記載は無かった。)

 在籍期間の制限は、全日制3×2=6年間 定時制4×2=8年間であった。

 在籍期間を超えた場合は通常は退学、除籍となる。

 

 再入学が認められた場合は教育課程編成を考えて該当学年に入学となる。多くの場合は、退学した学年への再入学となったとされている。

 

 しかし、全日制の場合はたとえ再入学が認められても年齢差に開きがあった。定時制の場合は、10代から60代、70代、80代と学年で生徒の年齢は必ずしも一様でではなかったようである。)

 

さまざざまな矛盾や困難の中で  夜間定時制

 

 村上中正氏は、山城高等学校における聴覚障害の生徒を包括した教育について

 

「最も注意しなければならないのは、夜間定時制における問題である。」

 

とする。
 そして次のように述べる。

 

「働きつつ学ぶ」定時制教育本来のありかたにも拘らず、「全日制を目指したが、心ならずも定時制に通う」生徒を現実に含んでいること。

 

 また、短い制約された時間の中で、先に述べた三つの保障をなしとげることがどれだけ可能かということも、実践によってしか明らかにすることはできない。

 

 定時制教育がかかえるさまざざまな矛盾や困難の中で、すべての定時制に通う生徒共通の課題としても、深め取り組んでいかねばならない。

 

定時制教育がかかえるさまざざまな矛盾や困難が、山城高等学校における聴覚障害の生徒を包括した教育が可能かどうは、教育実践でのみ明らかにすることが出来るとしている。

 

 即ち、山城高等学校における聴覚障害の生徒を包括した教育は、「理念」だけで論ずることは出来ないと自己課題も含めて呈出しているように考えられる。

 

   労働で学んだことが夜に高等学校で学ぶことで

 

 定時制教育がかかえるさまざざまな矛盾や困難、とは具体的にどのようなことを示すのかは明らかでない。

 それは、村上中正氏が、山城高等学校定時制の教諭として赴任して一学期の半ばで「試論」を執筆したからであることは推測出来る。

 

 「働きつつ学ぶ」定時制教育は、労働しながら夜に高等学校で学ぶという形態(昼間定時制もあったが。)で、教育が「働く」ことに従属することなく平行してすすめられる可能性を示唆したものか。

 

 それとも労働で学んだことが夜に高等学校で学ぶことで連結することの可能性を示唆したものか。

 

 どちらかは、知りようがない。