手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

「手話」はろうあ者の世界のみで存在しているのではない 1950年代初頭 京都の手話

手話を知らない人も

   手話を学んでいる人もともに

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  {新投稿}ー京都における手話研究1950年代以前の遺産と研究・提議 佐瀬駿介ー

 

「1954年手話冊子」 第1章 (1)-10

            Ⅲ

 

  話し言葉と並んで
広汎な身振り言語(手話)が
    影響を及ぼし合っている

 

 ー「北部諸族では寡婦、母、姑たちの場合にはこの沈黙の禁制は、喪の全盛期に強制され、そしてこの期間が過ぎてもなお婦人たちは時によると自ら好んで沈黙の会話をつづけている。

 

 南オーストラリアでは誰かが死んだ後で‥‥‥老婆たちは、23ヶ月の間口で話すことを拒んで、必要な事は両手を使って身振りで表現する。

 

 これは一種のろうあ者語で、女と同様に男も巧いものではある。」

 

 そしてこれらの土人の間には、話し言葉と並んで、広汎な身振り言語(手話)が存在していることをいろいろな資料によって記述しているが、さらに「これらの2つの言語は、互いに影響を及ぼし合わないで併立していると読むべきか、あるいは反対に同じ心理が二つに表出され、この二つはお互いに影響を及ぼし合っていると考えるべきであろうか。

 

 少なくとも私には第二の仮定の方が第一のものより、より承認できるように思われる。

 

 そしてまた、事実によって裏書きされているものもその方のように思われる。」

 

手の運動によって表記される言語と
口で話される言語との内的関係を力説

 

 「手話の概念」に関する極めて重要な研究の中で、カッシングは、「手の運動によって表記される言語と、口で話される言語との内的関係を力説している。」とのべているが、ここに使用されている手話(ここで言う身振り言語は、手話と呼んでいいのであろう)と僕逹が考える今世紀の社会に生きるろうあ者の「手話」とんの間に、読者は截然(注 せつぜん 物事の区別がはっきりしている)とした判断を用意していただかなければならない。

 

 その1つはわがろうあ者は、1950年代の文明に住んでいるという事であり、一つには、彼らは音声言語に遂に聞くことがないという事である。