2022-10-01から1ヶ月間の記事一覧
communion of mind with mind truth 一致、同じ、そうです、など多様に使われた手話には、制限を解き放つ玄理があるように思えた。 手話 同じは戦前から使われてきた手話である。 そのため手話表現の源流となった漢字表記を考えてみた。 一致の致は、いたる…
communion of mind with mind 聞えないという状況の中では、その場の状況、人びとの動きと表情そして眼の動きを微細に知ることがある。 そして、そこにある人間同士の交流を知ると述べた。 聞えないという状況の中で人びとの動きと表情そして眼の動きを微細…
communion of mind with mind 笑顔で頷くことへの多くの人の笑顔の返事について、ろうあ協会の人に聞いてみた。 山本正さんの気持ちはとてもよく解る。 あの人は、ろう学校や学校に行けず、読み書きも出来ないけれど、まったくわからない状況の中で生きるこ…
communion of mind with mind ※この文は、手話と手話通訳について、実体験を書き、月日の流れと共に考えた法則的なつながりを述べている。 山本正さんが笑顔で頷いた姿を「手話を覚えはじめる第一歩」と述べた。山本正さんは、手話をしていない、のに、なぜ…
communion of mind with mind 突然、遠慮がちに前の席に座る人が手をあげて、と書いた方を以降、山本正さん(仮名)と書かせていただく。 山本正さんが、手を少し動かしたので「飛び交っていた手話が止まって、みんながその人の手を注視した」という書き方は…
communion of mind with mind それからしばらくしてまた、ろうあ協会の集まりに参加した。 聞えるのはやっぱり一人。 今回は、会場に早めに行った。 もう会場にはろうあ協会の人がいた。 机を並び替えている。 正面に向かって平行に置かれていた机を長方形に…
communion of mind with mind ろうあ協会の役員さんに聞いてみた。 数人の人が、同時に手話ではなし、論議する、それが解るの、と。 すると、何十人ではないが、数人の人が発言するとあなたは解らなくなるの?と聞いた。 聞こえる人は、銘銘(めいめい)が話…
communion of mind with mind 手話通訳を永くやってきた仲間が集まって話した。 「昔の手話通訳」と決めつめられることに腹立たしい思いをしていることをみな吐露した。 手話をテキストで学ぶことがなかった時代。 手話通訳が資格で、優劣が決められなかった…
communion of mind with mind かなり以前にしたためた文を 現代風に書き留めて欲しいとの依頼があった。 だが、筆は遅遅としてすすまない。 すすまないのには、訳がある。 その訳も含めて書き記して欲しいとの要望を受けるが、なおのこと筆は進まない。 その…
村上中正氏の聴覚障害者教育試論 1971年を思惟村上中正氏の「聴覚障害者の全面発達をめざす教育保障ー高等学校における聴覚障害生徒の教育保障と難聴学級をめぐっての試論ー」(1971年)の探求 豪華な施設設備をつくって終わりにするのか教員配置か 当初…
村上中正氏の聴覚障害者教育試論 1971年を思惟村上中正氏の「聴覚障害者の全面発達をめざす教育保障ー高等学校における聴覚障害生徒の教育保障と難聴学級をめぐっての試論ー」(1971年)の探求 京都府教育委員会と京都市教育委員会の分担協議 京都府、京…
村上中正氏の聴覚障害者教育試論 1971年を思惟村上中正氏の「聴覚障害者の全面発達をめざす教育保障ー高等学校における聴覚障害生徒の教育保障と難聴学級をめぐっての試論ー」(1971年)の探求 京都府・京都府教育委員会は、ろう学校を設置している。 京…
村上中正氏の聴覚障害者教育試論 1971年を思惟村上中正氏の「聴覚障害者の全面発達をめざす教育保障ー高等学校における聴覚障害生徒の教育保障と難聴学級をめぐっての試論ー」(1971年)の探求 第二番目には、山城高等学校の聴覚障害教育の試行について…