
communion of mind with mind
名称どうり手話の研究および手話通訳を
研究する研究団体 全国通訳問題研究会
元手話通訳問題研究編集長
ここで少し全国通訳問題研究会について話しておきたいと思います。
全国手話通訳問題研究会は名称どうり手話の研究および手話通訳を研究する研究団体として発足し全国組織に成長してきました。
おくれ続けた手話通訳研究
利益団体でないからこそ出来た研究
なぜ手話通訳問題研究会と言うのか、といえば手話通訳そのものについての研究があまりにも遅れてきたこともあるだろうし、手話通訳研究そのものが進んでいたとは決して言えない状況にあったからです。
その意味では、手話通訳問題研究は、事業として収入を得る団体ではなく自主的で主体的に手話通訳を研究する団体であったはずです。
話は分かるんだけれどもそれを手話を知らない人に
どのように伝えていくのか
例えば聞こえない人と手話で話をしていた時、話は分かるんだけれどもそれを手話を知らない人にどのように伝えていくのか、ということになると言葉の表現適切な表現やそれを表現するための基礎的で幅広い教養が求められてくるからです。
ひとつではない 手話 表現は多様性から学ぶ
今まで話してきたようにいろんな職種についている人たちの手話表現は多様であり一様ではありません。
それはある意味当然のことなんです。
日常的に自分が仕事をしているわけですから。
例えば太鼓一つ作るにしても円い形・たたくという手話をする人がいますが、太鼓をつくっていた方は、一本の木を切り出してその木の中身を切り抜く、木をくり抜くことで太鼓を表現される方もいました。
千差万別だからわからないのかというとそうではない
これは仕事すなわち労働そのものから生まれてきた手話であり、その人が生きてきた証でもあり、人生なんです。
だからそう千差万別な手話があったと述べても間違いはないと思います。
千差万別だからわからないのかというとそうではありません。
手話は人間と人間とをつなぐコミュニケーションです、また心と心をつなぐ表現ですから時間をかければお互いが分かることもある。
仕事の現場に行けばどういう仕事をしているのかがわかり、その人が手話表現すればあーこういうことなのか、と解ります。
手話は全国的に統一された画一化できない
人間性溢れたコミュニケーション
従って、手話は、全国的に統一された画一化できない人間性溢れたコミュニケーション方法であり、それぞれそれぞれの人がそれぞれの中で自分たちの表現を作り出した産み出したものです。
その多様性と知恵や表現力を私達が学ぶことによって人間のもつ深い表現力に感銘を受け人間連帯が深まります。
それを断ち切ってはならないのです。
手話を学ぶとともにそこに流れる基本的な表現を分析することによって、なぜ人と人とが通じ合えるのかということがわかるわけです。
生活の中で生きてきた手話だけでなく
人間性そのものを打ち消す危険性
このことを投げ捨てて手話の一つの方法だけに固執することは簡単です。
でもそれは生活の中で生きてきた中で生まれてきた手話を肯定するだけでなく人間性そのものを打ち消す危険性があるのではないでしょうか。
手話通訳問題研究誌の写真でいくつかの手話表現を取り入れてきました。
取り入れたというよりはその瞬間の写真を研究に収録することができています。
経験しないと手話は解らないということではない
人間としてのコミュニケーションが理解出来ると
「あゆ」の手話表現について掲載しましたがとても理解ができないというご意見が出ています。
自分でも手話表現をしてみたが鮎という手話ができなかった、というご意見も寄せられています。
これは当然のことだと言えば疑問に思われる方がおられるかもしれません。
その仕事場労働の現場に入ってこそ、その手話表現が理解出来手話表現でお互いがコミュニケーションをとることができることなんです。
だだ、そうしないとわからないし、すべてができないのか、というとそうではありません。
いくつかの経験を積み重ねて研究学習する中で獲得することのできるものなんです。
これはとても時間がかかるしとても難しい学習でもありますが、積み重ねれば理解し合うことの時間がどんどんと短くなり ? っと思ったこともすぐ理解出来ていきます。
手話と手話の会話にある人間性を見出して
そこに人間性を見出してほしいのです。
近年このことを投げ捨てて、別立てで手話を表現する傾向が年々に強くなり、それまで自由に表現されていた手話が消されていくという残念な状況があります。
手話の持つ特性を理解しているようでそれを否定している
手話の持つ特性を理解しているようでそれを否定している動きでもあると言い切れると思います。
手話を理解している、手話を理解していない、とか手話で育ってきた、とかよく言われますが、それは自分の経験の範囲内でしか手話を論じていないのではないかと思います。
全国手話通訳問題研究会は、全国という名称がついています。
全国的にいろんな方々と出会うことによって手話の持つ特性を模索している一つの時期を手話通訳問題研究誌にあらわれている、素材を投げかけている、と言って良いでしょう。
手話通訳研究団体を事業団体化する傾向
だが、その素材を学び教訓化しその基礎にある論理を検討し続けるのではなく、研究団体を事業団体化する傾向が出てきているのも以上のことを熟知しないことが原因ではないだろうかと問題提起をしてておきたいと思います。