
communion of mind with mind
2000年~2001年元手話通訳問題研究編集長へのinterview一部公開 個人名はイニシャル表記、写真などは了解などなどいただいています。また、手話通訳問題研究誌から一部引用させていただいています。
interview
手話が、「通じあわないとき」は聾学校に行けなかった人と充分練り合わせて手話をつくりあげる、って今の私には理解出来にくいですね。
眼の前に聾学校があっても入学も出来ない
元手話通訳問題研究編集長
そうでしょうね。
今ではほとんどの人が、聾学校やそれ以外の学校にも行くことができる。
就学・学校に通えるでしょう。
でも戦前は、聾学校に入学出来る人はごくごくわずかでした。
裕福であるとかの条件。眼の前に聾学校があっても入学も出来ない、例え入学出来ても金銭的や労働力(ようは家族ぐるみで働かないと生きていけない、それでも生きていけない)の問題や親・家族・親類・地域の人々の問題(ここでは問題と表現しておきますが。)で学校に行けなかった。
ようするに戦前、聾学校に行ける人は「超エリート」だったとも言えるのです。
このことで悲惨な話は山より高くありますが、またの機会に具体的に話せたら、と思います。
しかし、「 聾学校に行ける人は超エリート」だった、と言いましたが、大家さんの場合のように「聾学校に行けなかった人と充分練り合わせて手話をつくりあげる」人々が居たこともたしかです。
読みたい、書きたい、人々に読み書きを
学んでもらうために手話は「有効な方法」
自分の学んだことを自分のこととしない。
読み書きができない、読みたい、書きたい、とねがう人々に、読みたい、書きたい、人々に読み書きを学んでもらうために手話は「有効な方法」だったんです。
interview
読みたい、書きたい、人々に読み書きを学んでもらうために手話は「有効な方法」だったんですか。
読み書きを覚えるのに
イロハニホヘト あいうえお からでない知恵と工夫
元手話通訳問題研究編集長
そうです。
戦前は、イロハニホヘト ハナガサク 戦後は あいうえお はながさく などカタカナとひらがなの違いがありましたが、読みたい、書きたい、人々に読み書きを学んでもらうためには、イロハニホヘト ハナガサク あいうえお はながさく では、なく聞こえない人の日常生活の切実な問題から読みたい、書きたい、人々に読み書きを学んでもらっていました。
みなさんは、考えられないけれど八百屋さんや魚屋さんで「いくらですか?」と聞くとき、
手話の親指とひとさしと親指で丸をつくって中指から折り曲げて金を現し⇒手を差し出す。
手話で値段を聞く。
その金額を下げて、安くしてほしい、と問いかける。
これらの手話と漢字の値段などと結びつけ合いながら漢字を覚えたり、ひらがなを覚えたりする「学習運動」とも言うべき「教育」が戦前・戦後と行われていました。
1960年代には、筆談教室を開いてほしい、という切実な要求が出されていました。
読みたい、書きたい、は切実
摸索・試行錯誤の上で少しずつ読み書きが出来るように
interview
それで、みなさんは文字を学ばれたのですか。
元手話通訳問題研究編集長
そう簡単ではありませんでした、が、教える方も学ぶ方も どうしたらいいのか、迷い苦しんできた。
摸索・試行錯誤の上で少しずつ読み書きが出来るようになった人もいました。
読みたい、書きたい、は切実でしたから。
手話表現が変化してきた貴重な歴史を胸に刻み込んで
この途方もない時間と取り組みの中から も 手話は生まれ、手話表現が変化してきた貴重な歴史を胸に刻み込んでほしいです。
包括 通じあわないときは聾学校に行けなかった人と
充分練り合わせて手話をつくりあげる
大家さんのことで
「すべてではありませんが、大家さんのように戦前の聾学校で学んだことを手話表現するとき、わかりやすくていねいに表現する。通じあわないときは、聾学校に行けなかった人と充分練り合わせて手話をつくりあげる、ことをされていました。」
と述べたのはそういう意味を包括していたことを知ってほしかったからです。
手話や話し言葉は、多様で複雑で形成されています。
複雑で多様な中で交流し理解し合うことで
共通のコミュニケーションが成立してきた
interview
一つではないと通じないのではないですか。
元手話通訳問題研究編集長
複雑で多様です。
が、その複雑で多様な中で交流し、理解し合うことで共通のコミュニケーションが成立してきたのではないかと思っています。
ひとつではない多様だから共通性が産まれてきたのではないか、と思っています。
きりがないので‥‥‥すが、日本では標準語が造語され、それが全国各地でなかで暴力的強制的に使うようにされてきました。
国際的には、共通語と表現されているのに‥‥‥‥‥‥
充分練り合わせて手話がつくりあげられて
きたことを歴史的文化遺産としても捉える
手話表現するとき、わかりやすくていねいに表現する。通じあわないときは、聾学校に行けなかった人と充分練り合わせて手話がつくりあげられて来たことを歴史的文化遺産としても捉えるためにも写真でそれを残し伝承したい、と思い連続写真で 瞬間 瞬間の手話を残そうと考えて手話通訳研究誌に掲載したのですが、理解してくれる人はかなり少なかったです。