手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

遊ぶ 口げんか 言う 話す 争い 戦い行く いじめる 鼻くそ 投げる(相手に)付ける 行け 出ていけ 消え去れ いましめる だめ めんめ いたずら 頭を突く 京都の手話

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手話を知らない人も

        手話を学んでいる人もともに
  {新投稿}ー京都における手話研究1950年代以前の遺産と研究・提議 佐瀬駿介ー

 

遊ぶ
(子どもの遊び)

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 子どもたちが、手を振って遊ぶ様子を表現した手話。

 

 手首を交差させて、手のひらを広げて上下に動かす。

 

 大人の遊びは、伝統的な絵画などで修行時に叩き込まれた「右顧左眄」という意味も含んだ手話がある。


口げんか。

 言う・話す
 争い、戦い

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 口・争う で口げんかとなる。手話でのけんかの手話もある。


いじめる。
 鼻くそ
 投げる
 (相手に)付ける

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 「鼻くそ(鼻を少しほじくって」を「相手(親指」に「つけて(投げる・投げつける)」 いじめるの手話。

 

 いじめられる場合は、自分(親指を手前に引く)・鼻くそ・投げられる(自分のほうに投げる)。

 

 いじめ、なにか「汚い」感じを受けるかも知れないが、古くから伝わってきた手話で「汚い物を投げつけることによって、相手に嫌な思い」をさせるという手話。

 

 ろうあ者同士でも聞こえる人からも「いじめ」はあった。

 

行く。
行け。
出ていけ 消え去れ

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 この場合は、前の方向から遠くまでを指さしている手話。

 

 明石欣造さんの表情が、怒った表情のため「出ていけ」「消え去れ」ともとれる。


いましめる。
だめ。
めんめ

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 京都や大阪などでは、幼児に親指を立てて向けることを「めんめ」=ダメダメ いけません などの表現がされていた。

 

 これは広く使われていた手指の使い方である。

 

  「めんめ」=ダメダメと合図して、しばく(手のひらで顔などを叩く)で「いましめる」の手話。

 

 かなり「厳しい叱り方」の手話表現である。

 

 これが、手のひらでなく「拳骨」となると「いましめ」を越える。


いたずら。
頭を突く。

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 頭を手のひらの先で、頭をつつく。首が曲がるほどだからかなり、嫌ないたずらの手話。

 

家 空っぽ 留守 こらえる 辛抱する こらえきれない しんぼうできない あきらめる 京都の手話

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手話を知らない人も

    手話を学んでいる人もともに
  {新投稿}ー京都における手話研究1950年代以前の遺産と研究・提議 佐瀬駿介ー


留守。
家。空っぽ(いない)。

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 家 空っぽ(いない) で留守の手話。

 

 空き家の手話ではない。

 

 空き家は、人 からっぽ(いない) 家 とする。


     あきらめる。
      こらえきれない。
       しんぼうできない。

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     みぞおち、あたりを親指で少し押さえてさげる。

 

 これは、辛抱(心法などからきている手話かもしっれないが、がまんするの手話の意味もある。)

 

 みぞおち奥の腹腔には多数の神経が走っていて、痛覚が鋭敏であるが、それを「押さえて}がまんする。

 

 が、その押さえた拳を放つことで、辛抱、がまんが、抑えきれなくなる(辛抱出来なくなる)。

 

あきらめたの手話であるが、失恋などの場合の「あきらめる」などなどの手話は多くある。

 

ちゃぶ台 テーブルテーブルクロス 葬式 死ぬ 担ぐ 棺桶  誕生日 誕生したのは? いつ生まれたの? 生まれる いつ 何月何日 何年のいつ 郵便 はがき 京都の手話

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手話を知らない人も

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  {新投稿}ー京都における手話研究1950年代以前の遺産と研究・提議 佐瀬駿介ー

 

卓袱台。
ちゃぶ台

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 食べる(たべるしぐさ)・丸い(親指と人差し指で円を暗示する)で卓袱台(ちゃぶだい)。

 

 各家庭の必需品で、食べるだけでなく、ものを書いたり、計算したり多目的に使われた。脚の部分は折りたためたり、半分に折りたためたりした。

 

 家族の団らん、などによく表現された手話。

 

テーブル。
テーブルクロス。

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 食べる・長方形でテーブル。

 

 又は、指でつまんでいる様子からテーブルクロス・覆い ともとれる手話。
 

歩く。

誕生日。
誕生したのは?
いつ生まれたの?

生まれる

いつ
何月何日
何年のいつ

 

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 お腹から生まれる(この時は、両手を少し丸めて  前に動かし 小指から緩く順序よく開きすべての指を両手を開く=生まれる ※ この手話表現は、簡単そうに思えても難しい表現。)

 

 上下で両手を人差し指から順に折り曲げる。

 

 話によって判断されるが、上は 元号・西暦 月・日 下は 数・月・日 などを意味する手話。

 

 生まれた・いつ なら 何月何日と答えるが、それだけではない答えもある。

 

葬式。
死ぬ。担ぐ

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 両手を合わせて=生きる 両手を合わせて斜めにする=死にかける 両手を倒す=死ぬ

 

 従って、この場合は死ぬの手話。

 

 肩の辺りで、四角いて指の形をつくって担ぐ様子をするが、上下に少し動かし揺れを表現している手話。

 

 棺桶。

 

 死ぬ・棺桶で葬式の手話。

 

 この葬式は、棺桶を担いで運ぶ様子から「土葬」の時代からの手話表現と考えられる。

 

 1950年代頃も日本各地で土葬の習慣があった。


はがき
葉書

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 郵便のマーク(印)の手話 長方形 で葉書の手話。

 

 葉書を送るは、左の郵便のマークをそのまま突き出して、郵便を送るの手話。

 

 

 

 

 

 

仇討ち 相手 お互い めいめい 斬り合い 戦う 戦争 あきれた 頭を抱える 誤解食い違い 間違い 歩く 会う 出会う   京都の手話

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  {新投稿}ー京都における手話研究1950年代以前の遺産と研究・提議 佐瀬駿介ー

 

仇討ち。
相手
お互い・互いに・めいめい
斬り合う・戦う
戦争

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 仇討ち

 

 お互い・相手(に)・刀を交わすで、仇討ちと表現されている。

 

 仇のように恨みや憎しみは表情で現されている。

 

 ろうあ者も楽しんだ、時代劇の映画のシーンからの手話表現や手話の配列だろうか。

 

あきれた。
頭を抱えこむ。

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 驚く様なあきれかたでない手話。

 

 口をあんぐりしたり、飛び跳ねる動作を表現する手話もあるが、ここではより深刻な問題での手話となっている。


誤解。
食い違い
間違い。

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 写真の場合の誤解は、誤ったという意味もこめて目を捻る手話をしている。

 

 お互いが「見誤った」=誤解 と言うことだろう。手話でコミュニケーションとるろうあ者の生活観が出ている。

 

 誤解の手話は、他にもある。

 

歩く。

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 人差し指と中指を足に見立てて互い違いに前後させる手話。

 

  この手話は、手話の基本形といってもよく、さまざまに表現される。

 

 道に迷う 歩き疲れた 山を登る(山・歩く)などなど。

 

出会う。
出会い。

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 人と人があらかじめ約束して会う手話。

 

 人差し指は、一人のひとを表す。

 

 予期せぬ出会いなどは、驚いた表情で表すし、待っていて会いに来た場合は、一つの人差し指だけを近づけるなど、情景、状態に応じて変化させる。

 

文字を通して 手話を通して 筆者のいいたいことの真意を汲み取る 京都の手話

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手話を知らない人も

    手話を学んでいる人もともに
  {新投稿}ー京都における手話研究1950年代以前の遺産と研究・提議 佐瀬駿介ー


「1954年手話冊子」第4章 1-2 文章と手話

            生活を豊かに(人間生活のはじまり)

 

( 原文 ) 

 

 人間が動物学的に、1番近いとされている猿人とさえも、全く違う点は、皆が知っているように、言葉を用いて話をしたり衣服を着たり住居を作ったりする点ですが、更に大きな違いは、住居の中で生活するいう点です。

 

 火を使うようになるとそれまで、なまのままで食べていた食物を煮たりり焼いたりし、火を利用して土器とか金属器とかゆう便利な道具を作り出し、これらを上手に使うことによってそれまでよりもずっと豊かな生活をすることができるようになりました。

 

 これが人間の生活の起こりであり次から次へと工夫改良されていった、いきさつが、人間生活発達の歴史なのです。

 

 それでは人間が初めて作った住居はどのようなものであり、始めて着た衣服はどの様なものであったでしょうか、又その頃の食物はどんなものでだったでしょうか?
                 平沢 訳                                   

 

( 手話 )

 

 人間 動物 違う 動物 中 猿 いちばん 賢い けれど 人間 違う 理由 皆 知っている 何故か

 1つに 人間 言葉 ある 人々 たくさん 話し合う いろいろ 知恵 交換 ある かしこく なる 

 2つに 着物 着る 

3つに もっと 大きな 違い 何か

 家 建てる 家 住む 動物 家 ない 人間 火 大丈夫 魚 焼く 煮る おいしい

 前 ちがう 生ま まづい 焼く 良い 又 土 こねる ごはん食べる入れもの作る

 魚 獲る 道具 作る いろいろ 作る 便利 

 人間 だんだん 生活 幸福 大丈夫 人間 昔から今まで 生活 少しずつ だんだん 変わる 

 

 それ 人間 生活 変遷発達 歴史 言う 人間 着物 どんなか? 昔 人間 たべる 
どんなものか?  想像する 面白い ある


 人間が動物学的に全く違う点を 1,2,3点として表現する手話。

 

 連続して離される場合や文章は、区分したたほうが分かりやすい。文章を追視する能力は、読書量と比例すると言われてきた。

 

 近年の活字離れもあって出版される本は文字が大きくなり、行間や改行が非常に多い。

 

 そのほうが、読みやすいのだが読書家が多かった時代には、1ページの文字数が少ないと「損だ」という気持ちにもなったらしい。

 

 人間と動物の違いを述べる文章では、文章の意図をくんで、手話表現されている。

 

 人間が動物学的に、1番近いとされている猿人とさえも、全く違う点は、皆が知っているように

⇒人間 動物 違う 動物 中 猿 いちばん 賢い けれど 人間 違う 理由 皆 知っている 何故か(=理由・意味・問題を掘り下げるなどの意味を併せ持つ手話)

 

言葉を用いて話をしたり衣服を着たり住居を作ったりする点ですが、更に大きな違いは、住居の中で生活するいう点です。

⇒ 1つに 人間 言葉 ある 人々 たくさん 話し合う いろいろ 知恵 交換 ある かしこく なる 2つに 着物 着る 3つに もっと 大きな 違い 何か 家 建てる 家 住む 動物 家 ない


火を使うようになるとそれまで、なまのままで食べていた食物を煮たりり焼いたりし、火を利用して土器とか金属器とかゆう便利な道具を作り出し、これらを上手に使うことによってそれまでよりもずっと豊かな生活をすることができるようになりました。

⇒ 人間 火 大丈夫(出来るなどの意味を併せ持つ手話) 魚 焼く 煮る おいしい    前 ちがう 生ま(なま) まづい 焼く 良い 又 土 こねる ごはん食べる入れもの作る  (土器・金属器などのという手話はあった) 魚 獲る 道具 作る いろいろ 作る 便利(らく・楽・幸せの意味を併せ持つ手話)  人間 だんだん 生活 幸福(この部分で前後かららく・楽・幸せの意味を併せ持つ手話を判断する。) 大丈夫(出来るの意味を併せ持つ手話) 人間 昔から今まで 生活 少しずつ だんだん 変わる(この部分で、完了表現。)

 

 これが人間の生活の起こりであり次から次へと工夫改良されていった、いきさつが、人間生活発達の歴史なのです。

⇒ それ 人間 生活 変遷(ここで変遷は、どんどん変わるという手話。発達の意味も合わせているが、手話表現で発達とくりかえし併せて発達の既存の手話を表現している。発達の既存の手話とは、手をコの字型に曲げて段を積んでいく手話・又は空文字を併用) 発達 歴史 言う

 

 それでは人間が初めて作った住居はどのようなものであり、始めて着た衣服はどの様なものであったでしょうか、又その頃の食物はどんなものでだったでしょうか?

 ⇒ 人間 着物(着る物の意味も併せ持つ。) どんなか? 昔 人間 たべる どんなものか?  想像する 面白い ある   と興味(手話もあるが)を投げかけて文章の次の展開を「想像」させている。

 

 文字にすると手話の知らない人は、混乱するが、手話を熟知している人ならば、本文を読まなくても、(手話)の部分だけで大半の「意味」が理解出来るはずである。

 

 文章も手話も、文字を通して、手話を通して、筆者のいいたいことの真意を汲み取ることになるからである。

 

 この場合、文章も手話もその「意味」するところを把握できなければ、ただ文字を読むだけ、手話をするだけに留まってしまう。

 

文章を手話で表現しようとする試みの教訓多 くのろうあ者が分かるようにあえて抽象的手話を避けて 京都の手話

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手話を知らない人も

       手話を学んでいる人もともに

  {新投稿}ー京都における手話研究1950年代以前の遺産と研究・提議 佐瀬駿介ー

 

  「1954年手話冊子」では、いくつかの学術的な文章や文学作品を手話で表現するとどうなるのかということを手話の語彙の配列で記載されている。

 

 文章を手話で表現するのかについては、現在の時点から思考するのではなく。1950年代に遡って考察すべきであろう。

 

 意外なのは、難解な文章も漢字を取り込んだ手話で表現されていること、手話にない語彙は手話の組合せで表現されていることである。

 

 この手話の配列は、絶対的なものでもベストなものでもない。他にいくつもの組合せが無数にあることを前提に文章と手話について区分して解説したい。


「1954年手話冊子」第4章 1-1 文章と手話

 

 生活を豊かに(人間生活のはじまり)

 

( 原文 )

 

 始めに地球上に現れた人間は自然にある生物を生のまま食い、木陰や洞窟に住んでいました。

 

 これだけのことならば、けだものと少しの違いもありません。

 

 人間が万物の霊長だとなどと威張ることもできない訳です

 

 しかし、大昔の人たちの中にも、自分たちの生活をもっと気持の良いものにしようとする進んだ考えを持っ人もあったことでしょう。

 

 その人たちは毎日くり返している生活の体験を活かして、住居、衣服、食料等、日常生活の上にいろいろ工夫を加え始めました。


( 手話 )

 

昔々 始めて 地球 出現 たべもの 自然 ある 魚 鳥 草 木 実 そのまま 食べる 焼く 味付け ない 生きている すぐ 食べる 家 ない 大きい 木陰 また 大きい 岩 穴 住む

 

 このような生活 動物 生活 同じ 

 

 人間 動物 たくさん中 1番 偉い 威張る できない

 

 けれど 昔々 人々 たくさんいる けれども 自分たち 生きる 方法 もっと 楽しい 欲しい 便利 欲しい 考える 考え 賢い 人 あった 思う

 

 そして 生活 毎日 同じ くりり返す いろいろ 経験 利用する 少し 思いついて 変える 良い また 考える 変える 少しずつ 頭 変える


 始めに地球上に現れた人間  ⇒   昔々(あえてつけ加えている) 始めて 地球 出現

 

  生物⇒  魚 鳥 草 木 実(魚 木 などなどのひょうげんもある)

 

 洞窟⇒  大きい 岩 穴 (洞窟の手話もあった。)

 

  けだものと少しの違いもありません。⇒動物 生活 同じ(同じ=少しの違いもありませんで意味表現)

 

 万物の霊長 ⇒動物 たくさん

 

 大昔の人たち  ⇒昔々 人々 たくさんいる(多く昔の人々は多くいたのであえてつけ加えている。)

 

 生活  ⇒生きる 方法(生活の手話はあった。)

 

 進んだ考え  ⇒  考え 賢い(進んだ考えの手話もはあった。)

 

いろいろ工夫を加え始めました⇒考える 変える 少しずつ 頭 変える(頭 変える⇒考え変える)

 

 文章に該当する手話はあっても、多くのろうあ者が分かるようにあえて抽象的手話表現は掲載されていない。

 

 また手話の順序性やそれを見るろうあ者の見やすさ、手話の流れを熟考したものであることは見逃せないでいただきたい。

 

 このことは、1960年代になってろうあ者の社会教育が盛んになるにつれて「説明的手話」は少なくなる。

 

 幾度も書いてきたが、ある概念がろうあ者の多数に理解されると手話表現も説明的表現は少なくなる。

 

 ろうあ者の知性の高まり、としばしば「1954年手話冊子」で書かれている「知性」とは、具体的に以上のようなことなのである。

 

 単純に知的レベルが高い、低いの考えで京都のろうあ者が述べていないことは理解しておくべきだろう。

 

本質をとらえた多様な手話 うなぎ ねずみ やぎ 竹 松 虎 たこ たこ踊り 淡路 スイス 腕時計 イタリア ドイツ 京都の手話

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手話を知らない人も

     手話を学んでいる人もともに
  {新投稿}ー京都における手話研究1950年代以前の遺産と研究・提議 佐瀬駿介ー

 

  うなぎ。

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 今は高値で、食べられないウナギ。昔は、店先でうなぎを選んでさばいてかば焼きにしてもらったという。

 

 だから、うなぎがえらを膨らませている様子はよく分かった。

 

 手のひらをすこし曲げて、指先を頬につけ上下させる。その時、ホッペタを膨らませたり、すぼませたり、して生きたうなぎを表現する。

 

 手のひらを頬に付ける位置が大切で、それが違うところに付けるとまったく異なった手話になる。

 

 うなぎが、「えら呼吸」している様子そのものを現すからである。

 

 うなぎが生きたままさばかれる、そのことを見ていたのだろう。

 

 昔は、よく店先でうなぎがさばかれていた。


ねずみ。

鼠 

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 手指を口先に持っていき、かじるという表現の手話。

 

 鼠の漢字の意味合いからも表現されている。

 

 やぎ。
 山羊

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 あごひげを表して、やぎ、とする手話 。

 

 これに杖を持つしぐさをすれば、仙人の手話となる。


竹。

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 京都は伝統産業の仕事に就くろうあ者も多くいた。

 

 その中でも竹は重要な位置を占めた。

 

 竹工などの竹が表現された手話。

 

 細くて、しなやかさを表現する。

 

 何十年、何百年も保存されて茶道具・工芸品となる竹もあるが、そこで働くろうあ者はいつまでも弟子で、独立させてもらえず薄給だった。

 

 タケノコを採る竹は、別の表現がある。

 

松。
まつば

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 人差し指と中指を少し頬にあてて松の葉を表す手話。

 

 松の葉を二本(二本でないのもあるが)ほっぺにあてて感触をたしかめた子どもの頃の想い出も込められている。


  虎。

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 虎の動きと恐ろしさをあらわした手話。

 

 京都の寺院の入り口などには、この虎の衝立や襖が描かれているが、多くの場合は前足を一歩踏み出させて描かれ、虎の堂々とした姿で今にも飛びかかろうとする瞬間が描かれている。

 

 虎になった気持ちで表現する手話。

 

たこ。
たこ踊り

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 この場合は、「いか」と対照的に、たこの口と全体に足をくねらせて「たこ」の手話としている。

 

 しかし、この「たこ」の表現は、ろうあ者の宴会で競ってたこを表現した、たこ踊り、をイメージいているように思える。


淡路。

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 地名は、そこに住んでいる人々の表現も、他の地域から見た場合の手話もある。

 

 伊東雋祐氏は、この手話を昔、淡路さんという人がいてと解説している。

 

 しかし、頭部の上を淡路島に見立てて、淡路島の形を表す、淡路結び、淡路髪型、淡路踊り、ひいては明石たこも有名であったが、明石海峡を挟んで淡路島のたこも有名であったことなどなどの意味合いが込められた手話。

 

 京都での表現である。


スイス。
腕時計

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 スイス兵の帽子の形でスイスの手話。

 

 またスイスと言えば、時計であったため腕に人差し指を丸めに置いて、腕時計=スイスとした。

 

 これらの国名の手話は多種多様である。

 

イタリア。

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 伊東雋祐氏は、明石欣造さんから聞いたとして、伊吹さんという人の手話→伊太利亜→「伊」で表現したと記している。

 

 だが、親指を首筋に立てて開いた指を前倒しにするのは、中世によく描かれた肖像画の「ひらひらの襟」でイタリアを表現したとも聞いた。

 

 長靴(イタリアの形)で表現することもあった。


 ドイツ。

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 これはドイツ、ビスマルク時代の兵隊のか兜を表していると多くのろうあ者が言っていたが、頭のてっぺんに尖りでドイツとした。