手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

ことば遣いよりも意味を籠めて 弘法大師筆 の「聾」を考えてみると

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手話を知らない人も

                 手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃のことから}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

   聾とは…

 

聾とは…

 

 まず最初に、「聾」について、龍+耳で構成されているが、こもる、たちこめるという意味から形成されてきているともされている。

 

 龍が天に昇る時に雲を形成しながら昇る様子をたとえて「こもる」「たちこめる」ことから「ハッキリとではないが」「ぼんやりと聞こえる」という意味をも含んでいて、全く聞こえない、という意味ではないと考えられる。

 

 このことについては諸説あるが、聾学校や聾者の理解としては全く聞こえないということだけでないと理解している。

 

  弘法大師が書いた
  国宝 聾瞽指帰から考えると

 

 さらに797年、弘法大師空海)が24歳のときに書いた著作の国宝 聾瞽指帰(ろうこしいき) 弘法大師筆 の「聾」を考えてみると「聾瞽指帰(ろうこしいき)」という題名には「仏の教えに暗く、聞く耳を持たない者に教えを示す」という意味が込められていることがわかる。

 

 すなわち、「聾」とは、「聞く耳を持たない」・「他人の意見など、はじめから聞くつもりがない。」として1200年も前に使われていたことも承知しておかなければならないとも思う。

 

  手話が聞こえる人々に

受けとめらなかった時代のことを

 

 そのため以降の文のなかで、ろうあ者と書いても必ずしも「全く聞こえない人」「音声言語を全く発せない」という意味で使わない場合がある。

 

 近年、京都では、ろうあ協会と言わないで、聴覚障害者協会と名称を変えたが、それはそれで、難聴者との対立関係を解消する意味で大切なことだと考えている。

 

 このことに対する異論があると思うが、手話が聞こえる人々に受けとめられず、ごく一部の人々が手話を学び、手話通訳をしていた時代のことを述べて行きたい。

 

 

人間としての共通のコミュニケーション手段とハートがあり 知恵がある

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 手話を知らない人も

                  手話を学んでいる人もともに
 {再編集投稿・1969年頃のことから}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

  手話を知らない
 学んだこともないという人に
  知っていただきたい

 

 手話を知らない、学んだこともないという人にこれからの話も知っていただきたいと考えている。

 

  と言うのは、この日本列島に住んでいいる人間として互いのコミュニケーションをはかるために手話が産まれ創り出されてきた。

 

 そこには、人間としての共通のコミュニケーション手段とハートがあるからであり、知恵があるからである。

 

  ろうあ者だから

手話をよく知っているわけでもない
  手話通訳をしている人が

手話をよく知っているわけでもない

 

 ろうあ者だから手話をよく知っているわけでもないし、手話通訳をしている人が手話をよく知っているわけでもないと思っている。

 

 このことは、ろうあ者の手話や手話通訳者の手話を否定するわけでは決してない。

 

 ろうあ者の人々と接している人々やろうあ者と接していない人で人間のコミュニケーションに苦労をしてきた経験を積んでいる人が手話を知ることに熟知した基礎を持っていると言う意味なのである。

 

   強い反発をもたれた方は
「コメント」欄に書き込んでいただきたい

 

 以上のことは、理解されないかも知れないが、私は手話を知らないので聞こえない人とお話し出来ないのです、と言われる人ほど少しばかりの話の糸口をアドバイスすると驚くほど手話表現が豊かであることが多かったことから考えている。

 

 そんなことはない、という強い反発が多々あることも予想しながら連載をはじめたい。

 

 そんなことはない、という強い反発をもたれた方は「コメント」欄に書き込んでいただきたいと思う。

 

 なお以下文中でさまざまな用語が出てくるがその都度、説明をするがくどくなるので省略することもお許しねがいたい。

 

意味不明な、概念もない、あいまい言葉やカタカナの乱立、わけのわからないことばでは何を言っているのか解らないと言う権利がある

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  手話を知らない人も

      手話を学んでいる人もともに
 {再編集投稿・1969年頃のことから}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

  ワッツ・ユア・マイナンバー
(あなたの私の番号は何番?)
   って英語で聞かれて

 

 毎日新聞で詩人アーサー・ビナードさんは、

 

 「来日以来、経済を語る言葉が劇的に英語、カタカナばかりになった。」

 

 さらに和と言えば、和の精神、調和が先に来たが「日本」という国そのものを指すことがおおくなった。日本人は自分たちの文化を「よそ者の目」で見始めたのでは。そんな仮説を立てると、いろいろなことが納得出来た。

 

 「政府は家畜番号みたいなマイナンバーという言葉を喜んで使う。この前、区役所で、ホワッツ・ユア・マイナンバー(あなたの私の番号は何番?)って英語で聞かれて本当に吐きそうになったよ」と指摘をする。

 

  また日本語力が弱まり、きちんとした言葉をもたない民があふれている、とさえ言う。

 

   手話たるゆえんが弱まり
 きちんとした手話があるのに

 

  TV画面に登場する手話通訳を観ていて、しばしば、「ホワッツ・ユア・マイナンバー」と同じような手話をしているのをしばしば見かける。

 

 このことは、詩人アーサー・ビナードさんが言う現状と同じになってきているのではさえと思える。

 

 手話の手話たるゆえんが弱まり、きちんとした手話があるにも関わらずそれが出来ない人々が増えてきているのではないかとさえ思える。

 

  障害者権利条約はメキシコが国連に提案
  reasonable accommodation

を合理的配慮と外務省が訳すと

 

 障害者権利条約はメキシコが国連に提案したの理由はほとんど知られていないが、障害者権利条約のreasonable accommodationを合理的配慮と外務省が訳すと多数の人々が、合理的配慮を繰り返し言い、合理的配慮の日本語表現に問題を感じていないことも詩人アーサー・ビナードさんが言う日本人は自分たちの文化を「よそ者の目」で見始めたのではと共通するようにも思える。

 

  原文では、
 “Reasonable accommodation” means necessary and appropriate modification and adjustments not imposing a disproportionate or undue burden, where needed in a particular case, to ensure to persons with disabilities the enjoyment or exercise on an equal basis with others of all human rights and fundamental freedoms;

 

となってるのに合理的配慮の言葉の概念を明確にしないままそれぞの解釈で合理的配慮が流されている。

 

  「相手が言うことが回答になっていなければすかさず言える手話でのコミュニケーション形態の変化」の項

 

で述べたが、意味不明な、概念もない、あいまい言葉やカタカナの乱立のなかで、そんなことことばでは何を言っているのか解らないと、国民としてもろうあ者としても手話通訳者としてもと言う権利がある。

 

 

今、手話を学ぶ、ということになれば たぶん学ばないだろうなぁ

 

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手話を知らない人も

      手話を学んでいる人もともに
 {再編集投稿・1969年頃のことから}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

 手話通訳をとても長く続けてきた仲間が集まって話したことがある。

 

「今、手話を学ぶ、ということになれば、たぶん学ばないだろうなぁ」ということで意見が一致した。

 

   カシャカシャと手が機械的
 動かされてそれが手話とされて

 

 手話検定試験と資格とか、正しい手話とか、間違った手話とかだけが表面的に横行して、うあ者の人々が意図的でない場合もあるが知恵を結集して創り上げてきた手話について人間性が省かれてしまって、カシャカシャと手が機械的に動かされてそれが手話とされている。

 

 手話のもっている本来の人間同士のコミニケーションが通じ合うと言うことが、次第に失われていっているのではないか。

 

   手話通訳をするときの人間的基礎が
「瓦解」してきているのでは

 

 また、聞こえる人間が手話を学び、手話通訳をするときの人間的基礎が「瓦解」してきているのではないか。

 

 手を動かすことだけが手話ではないことをもっと多くの人々に知ってもらいたい。

 

 手話を覚えた切っ掛けは「へー、なるほど」「そうなんか」「そんな表現、うーん」という感動というか、極限まで追い詰められた人間が人間性を取り戻すための表現手段としての手話に、いいようのない人間的ぬくもりに抱かれたことから手話を学びはじめたのではないか、ということになった。

 

  政府やメディアなどで

さかんに使われている「新語」
  次々と新しい手話として

     一部の人がたちが作り

 

 また新しい手話として現在政府やメディアなどでさかんに使われている「新語」なるものを次々と新しい手話として一部の人がたちが作りあげそれが画一的押しつけられる現状を是としていいのだろうかと思う。

 

 2017年11月29日付け毎日新聞に詩人アーサー・ビナードさんの「直感」が掲載されて、「日本語は消滅に向かっていてる」とさえ言っている。

 

京都府立聾学校では 手話は禁止されていない

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  手話を知らない人も

           手話を学んでいる人もともに

  {再編集投稿}ー京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介ー

 

  幼稚部から高等部まで
 身振りや手話は使われている

 

  聾学校では、手話が禁止されていた、と断定的に言う人がいる。

 

 最近、1950年代前半から半ばにかけての貴重な8mmフイルムを入手した。またそれを裏付ける当時の先生の長時間にわたる証言も得ている。

 

 そこには、幼稚部から高等部まで身振りや手話は使われている。

 

 もちろん補聴器や聴能器機も使われているが、口話しか出来ない先生もいた。

 

   聾学校では手話は禁止
 されていたとは言えない

 

 だからといって京都府聾学校では手話は禁止されていたとは言えない。

 

 フイルムには、今も健在な聾学校卒業したもいるし、亡くなられた方もいる。

 

 そこで生前、手話も含めた授業をしていて公開することを是としたた先生たちの写真を掲載しておく。

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上の写真は高等部生徒総会の一コマ。

  

学校長の前で生徒たちが手話で会話

 

 当時生徒だった人々の個人もかなり特定出来る写真もあるため、プライバシーの関係で掲載はしないが、生徒同士で口話や手話や文字などで教え合っている様子は微笑ましいものもある。

 

 また学校長の前で生徒たちが手話で会話している様子もある。

 

  手話を禁止して口話だけ

     という公式見解はない

 

 戦後の京都府聾学校の公式文章を調べたが、手話を禁止して口話だけという公式見解はない。

 

 でもこのことを言うと、手を後ろに回して口話だけで教えられたという人もいるが、それで聾学校で手話が禁止されていたと言うことにならない。

 

 コミュニケーションのあらゆる手段が使われていたが、それぞれの先生のそれぞれの思いであるコミュニケーション手段のみ使われていたと考えるべきだろう。

 

 ただ、1960年代後半になると幼児教育分野でインテグレーションがさかんにい言われて、口話固執する先生も増えるが、かといって京都府聾学校が学校として口話を推進して手話を禁じたと言うことにはならない。

 

   現在の京都府聾学校幼稚部の教育

 

 現在の京都府聾学校幼稚部の教育では、あらゆるコミュニケーション方法が取りい入れられて授業が進められている。もちろん手話も。

 

 その手話は、京都で培われてきた手話が用いられていてそのほうが幼児期の子どもの教育に適しているという先生もいる。

 

 

1969年 京都ろうあセンター案内パンフ紹介 ④ 行政の援護も不充分なままの門出

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1969年 京都ろうあセンター案内パンフ紹介  ③ 京都ろうあセンタの事業とは

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