手話 と 手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

どの手話が良いとか 悪いとかではなくどんな方法でもろうあ者に通じたら 第7回全国手話通訳者会議1974年

f:id:sakukorox:20190319112146j:plain

手話を知らない人も

           手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

第7回全国手話通訳者会議 第3分科会「手話技術の諸問題」

テレビ番組における通訳技術の諸問題

 

 神奈川では, テレビ番組での手話通訳が保障されてから, いろいろな番組やニュース。コマーシャルなどの通訳がなされ, その中では表現のできない言葉や表現しにくい言葉などが出て来ましたが, そんな時はその場においてアイデアや工夫を生かし, 手話を作つてもかまわないと思います。

 

 そんな意味からも知識を高める必要があります。

 

 イデアで作り出した手話を
  その場だけで終らせるのではなく

  ろうあ者どうしの話し合いの中で

        良いものが残つていく

 

 やる方の通訳者が知つていてもうけとめるろうあ者が知らない場合は, 相手にどう説明したなら分つてもらえるかということを考えなければなりません。

 

 その場合,その場のアイデアで作り出した手話をその場だけで終らせるのではなくて, その後も多くの人に広める必要があります。

 

 それがろうあ者どうしの話し合いの中で内容に良いものが残つていくと思います。

 

  どんな方法でも相手に通じたら

 

 いかなる方法を使つても相手にどれだけ理解していただいたかということです。

 

 どの手話が良いとか, 悪いとかではなく,どんな方法でも相手に通じたら良いと思います。

 

 

昔からの手話であるかのように信じこまされれ 第7回全国手話通訳者会議1974年

f:id:sakukorox:20190319110608j:plain

手話を知らない人も

                手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

  7年間にわたる手話通訳者会議を再考察してみると、手話はこうでなければならない、正しい手話こうだ、手話が違うので困るなどなどのことがあまり出されていない。

 

 最近手話を学ぶ人々のつぶやきを知ると、ありもしなかったことがさもさも昔からの手話であるかのように教えられていて疑問を持っていることも書かれている。

 

 だが、7年間にわたる手話通訳者会議の内容や討論はほとんどそういうものは出てこない。

 

 ましてやそれぞれの地域の手話を正しい、間違いであるとされる意見は出されていない。

 

 それはなぜか。

 

 手話通訳が机上の空論としてではなく、現実直面する手話通訳の諸問題を率直に話し合われたからではないかと考える。

 

 ただ、手を動かすことで、手話通訳をした、とか、手話が上手である、とか、手話通訳者の権威を誇示することはなかった。


 第7回全国手話通訳者会議第3分科会

          「手話技術の諸問題」

     運転免許の通訳にお け る手話技術の諸問題

 

 奈良県では, 運転免許においての通訳について学科の講習の時, カタカナの言葉が多く出てくる。

 

 その場合はほとんど指文字を使つている。指文字のわからない人については, 出来る範囲でやつてもらつています。

 

 栃木では, 運転免許の通訳は, カタカナの文字や車の専門用語については, ろうあ協会の中で新しい手話を作つて, その後通訳者及びろうあ者に教えています。

 

 浜松では. 運転免許の講習の通訳は, 指文字を入れてやつている。 技能の場合は自動車学校の先生がカードを見せる方法をとつている。

 

 運転免許での通訳で一番感じたことは、問題の最後の文字でろうあ者がひつかかるということです。

 

~しなければならない。

 

~するべきだ。

 

 とかその他, 語の意味や文章の読解ができないということです。

 

 そのため. なかなか免許をもらうことができないろうあ者がいます。

 

ろうあ者 と 手話通訳者 にはもつと人間的なつながりが 7回全国手話通訳者会議1974年

f:id:sakukorox:20190223162016j:plain

手話を知らない人も

              手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

    第7回全国手話通訳者会議 第3分科会
「手話技術の諸問題」 4.   ろう教育と手話技術について

 

  ろうあ者にもレべルが
 教育背景が高いほど手話技術は簡単

 

 手話技術には限度がある。

 

 それはろうあ者の教育に問題がある。

 

 ろうあ者にもレベルがあり,教育背景が高いほど手話技術が簡単。

 

 通訳者の養成がろうあ者のレベルの高い人だけのためにあるのであれば問題があり, 養成された通訳者にも間題がある。

 

  ろうあ者のレベルに
   通訳は合せる必要がある

 

 技術としてまかなうのか。

 

 教育としてまかなうのか。

 

 又教育の低いろうあ者のために通訳が養成されるのであれば, その教材はどこからくるのかということです。

 

 これに対しろうあ者より,ろうあ者のレベルに通訳は合せる必要があります。

 

 ただその場合,  レぺルの高い人と低い人が集つた時はどうするのかというと, その場合は中位のレぺルでやるのが最も良い方法だと思います。

 

  参加者の年齢に合わせて手話通訳

 

 静岡では,例えば, 40才以上の人と40才以下の人を見た場合, 40才以上の人は戰前の教育を受け,口を動かさないで身振りや手まねをします。

 

 又40才以下の人は戦後の教育を受け,  口を動かし手まねをする。

 

 このようなことから集会においての選挙の時などの通訳などは, 年令に合せて判断し通訳をしています。

 

 各地で手話の知らないろうあ者に対してどのような対策をとつているのだろうか。

 

 ろうあ者が教えているのか

それとも通訳者が教えるのか

 

という問題が出された。

 

  わからないろうあ者は
    そのままの状態にしている

 

 ろうあ者は確かに手話の技術をみがいて行く必要があります。

 

 私のろう学校では, 勉強のわかるろうあ者とわからないろうあ者を2つに分けて教ス_ていますが, わからないろうあ者にはそのままの状態にしている。 (和歌山のろうあ者から)

 

手話というよりも
 体の言葉で通じることが

 

助言者より
 通訳の立場というのは, 本当にむずかしい。

 

 手話のわからない人と話しをするのは容易ではないが, 手話というよりも体の言葉で通じることができる。

 

 ろうあ者のレぺルと言うのが果してそのレぺルをどこまでつかんでいるかということです。

 

  手話にこだわるのではなく,  ろうあ者と通訳者には,  もつと人間的なつながりがあると思う。

 

  ろうあ者がやることをまず見てほしい。

 

 通訳とは指導の立場にあるのかどうかということについて, 人間的なつながりから教育のできる人の立場にある人はそれでかまわないと思います。


時間の関係でより多くの参加者の声をということで各地におけるその他の手話技術について話し合いが進められた。

数字はわかっても 年月日と期限が解らないろうあ者に 第7回全国手話通訳者会議1974年

 

f:id:sakukorox:20190223155903j:plain

手話を知らない人も

               手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

    第7回全国手話通訳者会議 第3分科会
   「手話技術の諸問題」

 

ろうあ者は集団の中に
入つていきたくても

    入つていけない交通機関の減退

 

京都の場合, 私の町は人口4万人で面積の90%が山になつており, ろうあ者は現在45人おります。

 

 その中で書いてお話できる人はほんのわずかです。

 

 人口が減つてきている現在, 山間部にいるろうあ者は交通機関が減退しているため未教育のろうあ者は集団の中に入つていきたくても入つていけないというのが現状です。

 

  8年前のバス定期券を使用
   罰金が十万円要求され

 

 私の経験からある未就学のろうあ者の女性がおりました。

 

 その方が8年前のパス定期券を使用していた事が分り罰金が十万円要求されました。

 というのは調査したところ, そのろうあ者は自分のものを見分けられ, 数字が書けるということから名前も数字も理解できるとなり, 罰金が課せられたわけです。

 

数字はわかっても
 年月日と期限が解らない

 

 しかし間題は,  1・2・3という数字がわかつていても'昭和48年3月31日まで、というパス定期に書かれていた意味を理解していたかどうかということです

 

 技術というよりも相手にどれだけ話を伝えることができるかということです。

 

 そのろうあ者との話は, 手話というよりも身振りだけでやつたわけですが通じませんでした。

 

  定期券に書かれてある
数字の意味がわからなかつたと証明

 

 その後何度もそのろうあ者に会い家族の協力で古い定期を表示してどれを使つたらパスに乗れるかとやつたところ理解できなかつた。

 

 そして本人は, 定期に書かれてある数字の意味がわからなかつたのだということが証明され, 罰金は解消できました。

 

 京都での例は, 実際に未教育者にやつた身振りなどが実演され, 参加者の深い関心を呼んだ。


 このように手話通訳の経験を通して, 手話技術についてお互いに研究しあつたことをこの分科会だけで修めておくのではなく, 多くの人に考えていただくためにもお互いに経験や技術問題を交換し合つたらどうかということで意見が統一された。

 

 そして更に新しい間題として, ろう教育と手話技術・通訳者の立場ということについて話された。

 

ろう学校 に行けなかったろうあ者 があまりにも多いその人々への働きかけ 第7回全国手話通訳者会議1974年

f:id:sakukorox:20190223153235j:plain

手話を知らない人も

    手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

   第7回全国手話通訳者会議 第3分科会
   「手話技術の諸問題」

 

学校に行けなかったろうあ者が500人も

 

3.  未教育のろうあ者に対する手話技術の諸問題

 

 栃木では県で調査したところ学校に入つていない人が500人いました。

 そのような未教育のろうあ者との交流の場を設け, 手話で話が通じることのできるようにと講習会への参加を呼びかけています。

 

  閉ざされた社会で生きるろうあ者

 

 大阪では,私の知つているろうあ者だけでも10人位はいますが,そのような人の家族がそのろうあ者に逢せようとしてくれないのです。

 

 又,東京の23才の女性のろうあ者ですが,洋裁・和裁の技能をもつていますが, 彼女は自分の家から20メートル範囲外に出たことがなく, 手まねもほとんどわからない。

 

 そこでそのろうあ者に1人の手話のわかるろうあ者が3年通つたところやつと身ぶりとか空文字で他の人とも通じることができました。

 

ろうあ者と健聴者との協力チームを作つて
 学校に行けなかったろうあ者をサポート

 

 栃木では, 末教育のろうあ者の人は特に理解できない手話を使います。

 

 そこで1つの方法として, 伝続的手話のわかる人と一結に同行すると未教育のろうあ者

の人の話を理解することができます。

 

 このようにろうあ者と健聴者との協力でチームを作つてやる方法もあります。又, 未教育のろうあ者を協会(ろうあ者)自身がひつばつていくような活動を進めて行きたいと思います。

 

  母親がまず手話を覚え
 その子供に教えるというやり方で

 

 横浜では, 未教育のろうあ者の場合, その家族の人とは通じるが,他のろうあ者や通訳とは通じないという場合が多い。

 

 未教育のろうあ者に手話を教えるという時はその本人だけでなく家族にも一緒に覚えてもらう必要があり, 例えば, 長い時間をかけて母親がまず手話を覚え, その子供に教えるというやり方でやつたらどうかと思います。

 

手話に必要なのか  っ、などの つまる音・促音 第7回全国手話通訳者会議1974年

f:id:sakukorox:20190223144946j:plain

手話を知らない人も

          手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

  栃木からの 同時的手指法」(同時法)は、手話では、っ、などのつまる音・促音(そくおん)が表現されないのでそれを手話でも現す必要がある、ということでもあった。しかし、日常会話ではその必要性を感じないし、文字表記移行に混乱が生じるとする栃木の意見に賛同はほとんどなかった。

 

  なかった、と書いたが、なかつた、と書いても意味は通じるだろう。ただ発音の「っ」と「つ」は微妙であり、聴いていてもその違いがわからない場合がある。

 

 この促音は、歴史的に調べてみると必ずしも絶対必要なものでもないし、地方によってもその発音は様々で、っ、などだけで使用されることはない。学校。と漢字で表し、ひらがなつけするときにがぅこうでは○、がつこうでは×となるが、これがいいのかどうかは意見の別れるところである。

 

 

理解しがたい対立 手話と音声との対比を考え記号的特性にする提起  第7回全国手話通訳者会議1974年

f:id:sakukorox:20190210210729j:plain

手話を知らない人も

    手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

    第7回全国手話通訳者会議 第3分科会
   「手話技術の諸問題」

 

 1.  問題提起  栃木の場合

 

 手話と音声との対比を中心にして記号的特性を明らかにしてゆきたい。

 問題提起については, あくまでも摸倣身振りや, 伝統的手話が悪く, 同時的手指法が良いとかいう間題ではなくこの同時的手指法を理解していただいて,全国的にこれから広めてゆきたいということです。

 

以上の問題提起については, 手話技術が実演され具体的なものが出された。
 
2.   問題提起について

 前文に述べたような問題提起についてたくさんの質問や意見が出された。

 

  書き言葉と話し言葉とでは違いがあるが
   音声語としてとらえ
   概念的にみて話し言葉として

 

 質問

(長野)
  国語に基づいて行なわれる同時的手指法について, 国語とは書き言葉であり, 手話は話し方と関連ある話し言葉であり, 書き言葉と話し言葉とでは違いがあるがこのことについて説明していただきたい。

 

答(栃木) 

 国語を,  この場合音声語としてとらえ,概念的にみて話し言葉としてとらえている。日本語としてみている。

 例えば「そう?」というイントネーションを手話では表わすことができない。
 このイントネーションについては約束ごとを作つて栃木の場合は行なつています。

 

  ろうあ者の方が
納得してやつているのか同時的手指法


意見(長野)
  手話ではイントネーションを表情で表わすことができると思います。

 

質間(静岡)   
 この同時的手指法に疑問を感ずる。 果してこの同時的手指法はろうあ者の方が納得してやつているのでしょうか?

 

  又, 同時法とは,  「て-に・を-は」が入れば同時法としてとらえて良いのでしょうか?

 

  「て-に・を・は」を入れて
    意味内容を一致させる
 

答(栃木) 
 同時法につい,ては栃木の手話奉仕員養成事業の中でろうあ者が7名、ろう学校の先生2名によつて出されたものです

 

 イントネーションについて身振りや表情で表わすことができるが, その場においてバラバラに使つており, イントネーションをどのように表わすという1つの約束ごとが見られない。又この同時法は, 「て・に・を・は」が入るというだけでなく意味内容を一致させるということです。

 

  ろうあ者のもつている手話を
 もっとしっかりつかんで手話通訳を

 

意見(奈良)
  私の経験からある長崎のろうあ者が警察につかまりました。

 その時

 

「奈良に住んで何年になるか?」

 

ということを聞き出すのに時間がかかりました。

 

 ろうあ者のもつている伝統的手話を通訳としてもっとしつかりつかんでいくということが大切だと感じました。

 

  ろうあ者は学校に入って
    初めて教育を受けるが

 

意見(大阪ろうあ者) 
 健聴者の場合,生まれてからすく教育が始められますが、ろうあ者は学校に入ってから初めて教育を受けます。

 このように話す人の経験を聞き, 話す人は話す言葉をどのようにとらえてきているのか?

 

  現実に人によつて表現が異り
    そこに手話の問題点がある

 

答(栃木) 
 ろうあ者のもつている手話を身につけていくことは大切だと思います。

 しかし,現実に人によつて表現が異り, 裏返した場合むしろそこに手話の問題点がある。

 ろうあ者と接することの多い人は通じるが, 他は通じないという問題点をとらえてい<ことが大切。

 手話の発展は良い点を取り入れていくことであり, それがろう教育の発展につながり,  ろうあ者の生活拡大に結びつくと思います。

 栃木ろう学校では, その生活拡大として指文字を使つています。

 

  口を動かす人と動かさない人
   口を見て分るろうあ者と

    分らないろうあ者がいる

 

意見(栃木ろうあ者)
  今ろう教育の不便な点が出されました。

 

 口を動かす人と動かさない人がいます。

 又, 口を見て分るろうあ者と分らないろうあ者がおります。

 問題はこのようなことを今後どうするかということで. それに対する方向づけが現在必要だと思います。


 この問題提起については, 理解しがたいという人が少なくなかつたが,  さらに問題提起が進み未教育のろうあ者に対する手語技術の話間題ということで間題が1つにしぼられた。