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手話と手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

手話通訳の資格を持っているからといってろうあ者が「一番安心」できるものではない

 

   最近の手話通訳事情からの再検証を考える

  

  「資格を持った人が良い」と言い切れるのか

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事例 7-5

 

 近畿の手話通訳者の集会でN県のろうあ女性から

 

「家の近所でお世話してくれる手話通訳の人が一番安心して、手話通訳してもらえる。」

 

「でも、その人が都合が悪かったり、病気になったりした時のことを考えて派遣手話通訳に来てもらったけれど、やはり近所の手話通訳できる人が安心です。」

 

という報告があった。

 

 これに対して

 

「きちんと手話通訳の資格を持った人が良い。」

 

と言う意見が圧倒的に多かった。

 

 なぜ、近所なのかは考えられないままで、「資格を持った人が良い」と言い切るのかは考えられていない。

 

 資格を持っているからといって

               「一番安心」できるものではない

 

 「手話通訳の資格を持った人」がいるからといってk県のろうあ者の「家の近所でお世話してくれる手話通訳の人が一番安心して、手話通訳してもらえる。」と言う意見に否定出来る根拠は何もない。

 

 むしろ「きちんと手話通訳の資格を持った人が良い。」と言う意見が圧倒的に多いほうが「心配」になる。

 

 資格はあくまでも資格である。

 

 運転免許を持っているから「運転は安心」とは言えないことを考えても解るだろう。


 比較の対象は異なるが、「資格」は資格でしかない。

  

  手話通訳技能認定試験問題は正当な問題だろうか

 

 それを手話を学ぶ人々が、「絶対視」するほうが「危険」な面がある。

 

  平成 27年度・ 手話通訳技能認定試験問題の一部を見てみると「 手話通訳のあり方」の問題で、

 

 「手話通訳士倫理綱領」  (平成9(1997)年  日本手話通訳士協会) に、手話通訳士の倫理的な態度として示されているものを、下の中から一つ選びなさい。

 

1, 特に聴覚障害者の人権を尊重する。

2,所属する手話通訳士団体において倫理綱領を遵守する。

3,聴覚障害者の主体的な社会参加を促進する

4,その立場を利用した信用失墜行為を行わない。

 

という問題で、「手話通訳の人が一番安心して、手話通訳してもらえる。」というろうあ者の気持ちを尊重した項目はない。

 

 1の「 特に聴覚障害者の人権を尊重する」という項目に該当するという意見もあるだろいうが、それはあくまでも「尊重する」ということで、信頼関係のうえで手話通訳が成立するという考えは存在していない。

 

   完全参加と平等が実現されることを願っている

    だけでいいの「手話通訳士倫理綱領」

 

 「手話通訳士倫理綱領」  (平成9(1997)年  日本手話通訳士協会)には、

 

  私たち手話通訳士は、聴覚障害者の社会参加を拒む障壁が解消され、聴覚障害者の社会への完全参加と平等が実現されることを願っている。このことは私たちを含めたすべての人々の自己実現につながるものである。

 私たち手話通訳士は、以上の認識にたって、社会的に正当に評価されるべき専門職として、互いに共同し、広く社会の人々と協同する立場から、ここに倫理綱領を定める。

1.手話通訳士は、すべての人々の基本的人権を尊重し、これを擁護する。

2.手話通訳士は、専門的な技術と知識を駆使して、聴覚障害者が社会のあらゆる場面で主体的に参加できるように努める。

3.手話通訳士は、良好な状態で業務が行えることを求め、所属する機関や団体の責任者に本綱領の遵守と理解を促し、業務の改善・向上に努める。

4.手話通訳士は、職務上知りえた聴覚障害者及び関係者についての情報を、その意に反して第三者に提供しない。

5.手話通訳士は、その技術と知識の向上に努める。

6.手話通訳士は、自らの技術や知識が人権の侵害や反社会的な目的に利用される結果とならないよう、常に検証する。

7.手話通訳士は、手話通訳制度の充実・発展及び手話通訳士養成について、その研究・実践に積極的に参加する。

          1997(平成9)年 5月4日制定

 

 ろうあ者の信頼(安心など)のうえに手話通訳が
  行われなければならないという基本が存在していない

 

この「手話通訳士倫理綱領」には、手話が人間のコミュニケーションであり、そのコミュニケーションを阻むものを解消するということはあっても、手話通訳士がろうあ者の信頼(安心など)のうえに手話通訳が行われなければならないという基本が存在しているとは考えられない。

 

 むしろ、「広く社会の人々と協同する立場」と書かれているが、肝心な手話通訳を「受ける側」のろうあ者との関係が述べられていないと言える。

  

      行政は資格主義に陥る傾向がある

 

  手話通訳士などの資格だけに目が奪われて、「家の近所でお世話してくれる手話通訳の人が一番安心して、手話通訳してもらえる。」というろうあ者の気持ちが踏みにじられてはならない。

 

 特に行政は、資格主義に陥る傾向があるが、人間性に満ちた手話通訳を切り捨ててはならない。