手話 と 手話通訳

手話通訳の取り組みと研究からの伝承と教訓。苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを忘れることなく。みなさんの投稿をぜひお寄せください。このブログは多数のみなさんのご意見と投稿で『手話と手話通訳』がつくられています。過去と現在、未来をともに語り合いましょう。 Let's talk together.

手話で話された 鳥たちが啄んだりんごが一番美味しいに「思い込み」瓦解

                                Ⓒ豆塚猛

communion of mind with mind

2000年~2001年元手話通訳問題研究編集長へのinterview一部公開  個人名はイニシャル表記、写真は著作者の豆塚猛さんの了解などなどいただいています。また、手話通訳問題研究誌から一部引用させていただいています。

 

質問
 穴だらけのりんご、なぜ手渡されたんでしょうか。

 

元手話通訳問題研究編集長
 りんごの木にたわわになっているりんごではなく、りんごの木から落ちた「穴だらけのりんご」。

 

 ええっいとかじり付いたりんごの告知

 

 穴と言っても、プツプツと穴だらけだのりんごと言うほうが正確かも知れません。

 にっこり笑って山から流れる清流で洗われて私に、にっこり、と笑顔でわたされた。

 

 むげに断れないので、ええっいと、りんごをかじり付きました。

 

 その時の味は今も残っています。

 

 今まで食べたことのない美味しいりんごだったからです。

 

 穴の中に虫が居るのではないか、などと思っていた私の思い込みは砕かれました。

 

鳥たちが啄むので木の枝から落ちたりんごが一番美味しい

 

質問
 なぜ、そのりんごをわたされたのでしょうか。

 

元手話通訳問題研究編集長
  率直に聞いてみました。

 

 すると、一番美味しいりんごは、鳥たちが知っているのでそのりんごを「啄む」のだという返事。

 

「鳥たちが、啄むので木の枝から落ちたりんごが一番美味しい。」

 

「鳥たちはそれを一番よく知っている。だからその一番美味しいりんごを食べてもらおうと‥‥‥」

 

 そう話されると自分の中あった「思い込み」瓦解して申しわけない気持ちだけが強烈に残りました。

 

 一番美味しいりんごを選り分けて、くれたのに‥‥‥

 

 「今まで食べた中で最高に美味しいりんごです」

と話すとニッコリされた。

 

 その瞬間をカメラマンの豆塚猛さんが、シャッターを切った。

 

ろう学校に行けずにりんごを育てた

  71歳と83歳の二人の女性

 

 険しい斜傾地に植えられたりんごの樹々。

 

 険しいと言うよりは、崖だった。

 

 傾斜が激しくなればなる程、美味しいりんごが実り、それを目当てに鳥たちが啄みに来る。

 

 ごく自然に話されたことに深い意味と底知れぬ苦労があったことに少し触れた気持ちになった。

 

 このりんごを育てているのは、すでに話した当時、71歳と83歳の二人の女性。

 

 聞えない中で明治初期につくられたりんご畑を守り抜いてたいた。

 

 ろう学校にも行けずに。

 

ろう学校に行けなかったから手話が出来ないのか、と

 

質問
 と言うことは、今までの話は手話で会話されたのではないということですか。

 

元手話通訳問題研究編集長
 それはまったく違います。

 

 手話で話をしましたし、カメラマンの豆塚猛さんにすべて通訳しました。