手話 と 手話通訳

手話通訳の取り組みと研究からの伝承と教訓を提起。苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを忘れることなく。みなさんの投稿をお寄せください。みなさんのご意見と投稿で(手話手話通訳)がつくられてきています。過去と現在を考え、未来を語り合いましょう。

宇治市手話言語条例 ろうあ者が初めて大学の門をくぐって学ぶ

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手話を知らない人も

                     手話を学んでいる人もともに
{再編集投稿・1969年頃}京都における手話と手話通訳の遺産と研究・提議 佐瀬駿介

 

 ろうあ協会では、京都府教育委員会社会教育課のHさんの役人ぶらなくて、物腰が柔らかく、ていねいで、しかも自分たちの思い以上の対応をしてくれるので非常に評判がよく、信頼を置いていた。

 

午前中は大学教授による料理の作り方
昼からみんなの苦しかった悲しかったこと

 

 京都府教育委員会のろうあ者成人講座は、講師の講演だけでなく地域の実情に応じて実に多彩に行われた。
 
 例えば、宇治市で開かれたろうあ者成人講座は、午前中は大学教授による料理の作り方を教えてもらい、ろうあ者が料理する。

 

 昼食は、自分たちが料理したものを食べる。

 

 昼からは、みんなの苦しかったこと、悲しかったこと、どうしたらいいのか悩んでいる事などが話されるなどのことが行われた。

 

 会場は大学の家政学部の教室。

 

 学校に行ったことのないろうあ者が初めて大学の門をくぐって大学に入る。

 

   私らここの大学に入っていいの

 

 「私らここに入っていいの」

 

 「会場案内もあるけど」

 

 「本当にいいの」

 

と門の前で立ちすくむろうあ者は、少なくなかった。

 

あんな立派な先生に教えてもらっていいの

 

 会場入り口に立つHさんも手話通訳者も「どうぞ、どうぞ。」と案内する。

 

 入った教室はなんときれいで立派な所。

 

 「こんなところで料理して汚したら迷惑かかる」

 

 「出来ない出来ない、ここはきれいすぎる」

 

 ろうあ者にとって自分たちが料理して学習する場所として信じられない場所だった。