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手話と手話通訳

京都の手話通訳者の取り組みと研究の中からの伝承と教訓をみなさまに提起します。戦前戦後の苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを決して忘れることはなく。

手話通訳者 の役割が コミュニケーション保障 であるとする広義の規定

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 第一に、 京都市手話通訳認定規則は、「手話通訳者」を「聴覚及び音声、言語機能障害者(以下「聴覚障害者等」という。)との手話を主とする意思伝達技術(以下「手話技術」という。)及び聴覚障害者等に関する知識を持った者」と規定し、手話通訳者の主たる役割が単なる手話の知識量や翻訳・表現技術としないで「意思伝達技術」とした点にある。

 

 手話通訳者の役割がコミュニケーション保障であるとする広義の規定であったことは手話通訳の方向を示唆したものであり、その後、手話通訳が配置された行政が、市役所の庁内だけの手話通訳に限るなど様々な制約を加える狭義の規程と比べても画期的で的確な規定であったといえる。

 

    行政が手話通訳者が研修することを保障

 

 第二に、手話通訳者が「常に通訳技術及び聴覚障害者等に関する知識の向上に努める」「通訳活動を通じて知り得た個人の秘密を守る」ことを簡潔に規定。 さらにそのために行政が手話通訳者が研修することを保障している点にも注視しなければならないだろう。

 手話通訳者はろうあ者の生活に深く関わる役割があるからこそ「常に」努力しなければならない役割があることを明示した点でも京都市手話通訳認定規則の先駆性があるとも言えよう。

 

   手話通訳者の実践を認め手話通訳者に研修の機会を与え
  研鑽した上で 手話通訳認定

 

   第三に、京都市長は、「申請があったとき」に「申請した者に手話通訳研修を受けさせ通訳者として必要な通訳技術及び聴覚障害者等に関する知識を有するかどうかを審査する。」ことを位置づけ、手話通訳者を机上の試験や単なる審査だけで認定していない点でも先駆性があった。

 

 即ち、ペーパー試験や模擬試験という形態で判断するのではなく、手話通訳者の実践を認め、手話通訳者に研修の機会を与え、研鑽した上で、認定するとする制度であった。
 それは、「聴覚障害者等との意思疎通のため通訳を必要とする際の便を図り、もって聴覚障害者等の福祉の増進に寄与することを目的とする。」ことを達成するために必要なものであり、認定を認定で終始するとか、資格だけを与えるとかという考えではない。

 手話通訳を生きた人間のコミュニケーションを保障する考えに立ち「生きた認定」「生かされる認定」「有効な認定」などなどをするという趣旨であったことが充分伺えるのである。

 

    自治体の長が自治体を代表して

 手話通訳を「公的に認定した」事例は全国どこにもなかった

 

  第四に京都市手話通訳認定規則は、手話通訳者を公的に認定したという意味で最も重要な意味がある。
 すなわち行政の下達形式を排除して個々人を手話通訳者であると公に認めた。
 すなわち手話通訳を「公然」と「私的でないこと。公共。」として「私心のないこと。公明・公正である。」こととして、公共=行政が認めたのである。
 だから認定されるには無償であったのは当然のことだろう。

 

 当時このように自治体の長が自治体を代表して手話通訳を「公的に認定した」事例は全国どこにもなかった。
 京都市手話通訳認定規則のように現在に至るまでこのように手話通訳を「公的に認定した」制度はどこにも存在していないというのは言い過ぎだろうか。もちろん以下に述べるように京都市手話通訳認定規則の精神は損なわれているが。

 

  行政の下請けではなく公正・中立な立場が保障

 

 さらに京都市が手話通訳者として認定した者(以下認定通訳者)は、京都市の行政に拘束されることなく、また行政の下請けではなく公正・中立な立場が保障された。
 京都市の行政に拘束されることなく、また行政の下請けではなく公正・中立な立場が保障されたことはさらに重大な意義をもつ。

 1971(昭和46)年の7人の認定通訳者の出現以降、少なくない期間このことが遵守されてきた。

 

    京都市手話通訳認定精神の歪曲

 

 ところが、13年後の1984(昭和59)年の「京都市手話通訳者・地域手話協力員派遣事業実施要項」が出されて前後してこの公的認定の意義が実質的に「崩される危機」を迎える。

 すなわす「無償の認定」が、手話通訳を行うことで一定の費用が行政やその他から支払われるようになると、費用の授受関係だけで手話通訳を行っているかどうかを判断する傾向が強くなっていく。
 費用の授受で手話通訳の回数がカウントされるなどもその傾向のひとつである。

 

  手話通訳費用を全く受け取っていないから

       認定通訳の仕事をしていないのだとする傾向が

 

 ある認定通訳者は、年間数十件の手話通訳費用を受け取っているので認定通訳の仕事をしているが、ある認定通訳者は手話通訳費用を全く受け取っていないから認定通訳の仕事をしていないのだとする傾向である。

 これは手話通訳費用の授受=手話通訳と手話通訳を狭義に限定し、「聴覚及び音声、言語機能障害者との手話を主とする意思伝達技術及び聴覚障害者等に関する知識を持った者」を手話通訳者とする規定を突き崩す本末転倒の認識である。

 

    金は出すから口も出すという行政の下達問題の発生

 

 この背景には、「金は出しても口を出さない」という行政の下請けではない、公正・中立な立場に反することであった。
 「金は出すから口も出す」という行政の下達問題である。
 このことは、行政の財政がひっ迫すると手話通訳を制限したり、ときには廃止することが許される考えになるのである。
 
 京都市手話通訳認定ということが生まれてきた時、当時の手話通訳者はそういう考えが生じてくることも想定し、その克服をも熟慮した上で、「認定」制度を創設するために尽力したのである。