
村上中正氏の聴覚障害者教育試論 1971年を思惟
村上中正氏の「聴覚障害者の全面発達をめざす教育保障ー高等学校における聴覚障害生徒の教育保障と難聴学級をめぐっての試論ー」(1971年)の探求
日本の教育や聴覚障害者教育に新たな1ページ
村上中正氏の「聴覚障害者の全面発達をめざす教育保障ー高等学校における聴覚障害生徒の教育保障と難聴学級をめぐっての試論ー」は、1971年に発表され、20日間の教育実践の経験が概略的に書かれて終わっている。
この「試論」は、山城高等学校の聴覚障害者教育に留まらず日本の教育や聴覚障害者教育に新たな1ページを加えたことは間違いがない。
しかし、その時及びその後、高等学校における聴覚障害生徒の教育保障と難聴学級をめぐっての「試論」は、山城高等学校で実践されさまざまな報告がされたにも関わらず聴覚障害者教育の分野でも日本の教育で教訓化され具現化されていない。
このことへの疑問からも「試論」を読み解く努力を重ねてきた。
日本の教育を吟味せず
インテグレーション教育から
インクルージョン・インクルーシブ教育へ
2000年代になって日本では、Inclusive Educationーインクルージョン・インクルーシブ教育がさかんに主張され、日本の教育に新たなるページが書き込まれたかのような雰囲気が醸し出され多数の人々が充分な吟味をしないで教育に導入している。
だが、これらの概念は、1990年前後から欧米などで広められたものである。
1960年代以降、欧米などでインテグレーション教育が叫ばれ広められたことを考えると、インクルージョン・インクルーシブ教育はインテグレーション教育の教訓を基にして打ち出されたとは考えにくい。
インテグレーション教育、インクルージョン・インクルーシブ教育のそれぞれが、日本の教育にもそれぞれに導入されてきたのではないかとしか考えられない。
欧米の教育制度と日本の教育制度と基本的に異なる
充分な検討・調査もなくインクルージョンの概念と教育
欧米の教育制度は日本の教育制度と基本的に異なることも多いにも関わらず、充分な吟味もなしにインクルージョン・インクルーシブ教育などの概念と教育方針が「新しい教育」かのように啓蒙され主張されている。
欧米の教育制度は日本の教育制度の大きな違いのひとつが、教育行財政である。
即ち、欧米では教育は時の行政諸機関と独立して教育行財政として位置づけられている。
日本の公教育の場合はそうではなかった。
教育を司る教育諸機関は、教育行財政を持ち得ずどのような教育理念を有していようが時の行政によって左右された。
教育は、教育行財政と二律背反であるが、そうではないのが日本の実情であった。
そのため、教育と教育行財政、国及び都道府県の関係が個別に研究されても統合的に研究されることはあまりにも少なかった。
以上のことが背景にあり、山城高等学校の聴覚障害者教育が教訓化されなかったのだろう。