手話 と 手話通訳

手話通訳の取り組みと研究からの伝承と教訓を提起。苦しい時代を生き抜いたろうあ者の人々から学んだことを忘れることなく。みなさんの投稿をぜひお寄せください。みなさんのご意見と投稿で『手話と手話通訳』がつくられてきています。過去と現在を考え、未来をともに語り合いましょう。 Let's talk together.

ろう学校 授業 3秒の間で生徒の思いと教師の思いが交錯させ一致して一緒に行動することを表出させる

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                                   村上中正氏の聴覚障害者教育試論 1971年を思惟

 

 村上中正氏の1971年試論の探求は、次のように述べる。

 

生徒を授業の世界に引き込むろう学校の授業
  ろう学校で手話が否定されと断定的に述べる

 

 村上中正氏の手話や手話通訳は、演劇から学んだ技法も取り入れ生徒を授業の世界に引き込んだだけでなく、京都ろう学校のみならず京都の手話通訳者に大きな影響と展望を与えたこれらは数え切れないが、その謙虚な姿勢のためその後京都では知る人ぞ知る手話通訳の先導者でもあったと語り継がれている。

 

 現在多くの人々が、ろう学校で手話が否定されと断定的に述べられることが多くある。だが、すべてがすべてと決めつけることは出来ない。

 

 相対的なこととして考えるべきだろう。

 

 故藤井進氏が、1966年前後の京都ろう学校の行事、授業、生徒会、運動会などのようすを記録保存されていて聾学校教育の過去・現在、未来への提言を準備され、その活用を切望されていた。その記録保存の一部に若かりし頃の故村上中正氏が登場している。その授業は、生徒全体の状況や教育到達点を踏まえて教えるようすが見てとれる。

 

笑顔 生徒の目線 手の平 胸 口元でキリッと 手話

 

 

 手話に絞って事業風景を考察すると、単に手話で補足したり、手話で話すだけではなく、教育観が溢れている。

 生徒たちが話し合ってている様子を見たうえで、

「本当にきっとやる約束な!!」

と生徒と約束する部分では、手話で「本当」「やる(実行・行動)」「約束」をただ単に胸の前で行なうだけではない。

 

 (笑顔で)生徒たちの目線から手のひらを立てて、胸元、唇にスーッと引き寄せて、「本当」という手話をする。

 これは、生徒たちが言っていたことを受けとめていることを手話の動きのなかで現し、生徒たちが言ったことだから本当(生徒が言ったことを実際に・言った通りに)と口元でキリッと手話の「本当」を止めて、すぐ手話の「行動」・「動く」を素早く動かす。

 

  動きと角度と時間の間の取り方で

       生徒の気持ちを織り込む

 

 そして手話の約束(小指と小指を絡ます)を左拳を上に、右拳を下にしてその間で小指をしっかり絡ませ、固く絡みついた鎖をイメージさせ、胸前でしばらく止める。このような動きと角度と時間の間の取り方で、生徒たちにあなたたちがはなしたことそれはその通りだから、本当に守っていこうね!!と話しながら手話で生徒に知らせている。

 

わずか3秒 生徒の思いと教師の思いが交錯
 一致して 一緒に行動することをアッピール

 

1,生徒の「目線」と教師の「目線」を現しながらそれを理解して受けとめた。

 

2,だから、約束だから守りなさいと手話で表現しない。

 

3,少し小さく手話で「行動」「実行」「動く」という手話をする。

 

 この表現の中には、「あなたたちが言った以上はあなたたちが行動しなさい。」という教師の目線からの「指導」ではなく、「守ろうとしても実行出来ないことや、いくつかのブレがあるだろうけれども」という含みを持たされている。

 

4,そして、いろいろあるけれど、いろいろ出来ないかも知れないが、約束したよ、と締めくくる。

 

 その間、わずか3秒。
 3秒の中でも生徒の思いと教師の思いが交錯して、一致して、一緒に行動することをアッピールしているのである。

 

 教育とは何か、教えるとは何か、学ぶとは何か、が凝縮されて手話表現され、授業が展開していく、これが1966年頃京都ろう学校中学部で故村上中正氏がおこなっていた手話での授業である。

 

 村上中正氏の1971年試論の探求に書かれているこれら記述に理解が到達していない。3秒の間(ま)に以上のような気持ちを交叉させ、織り込むことが出来るのだろうかと感嘆する。