村上中正氏の聴覚障害者教育試論 1971年を思惟
村上中正氏の1971年試論の探求は、
ろう学校幼稚部「九歳の壁」
教えていたことから「九歳の壁」の「壁」は存在しない
村上中正氏は、ろう学校中学部で生徒たちに読み、書き、表現などを教えていた。
そのためろう学校幼稚部でなどで言われ初めている「九歳の壁」につまずいたとされる子どもたちを思春期に教えていたことになる。
村上中正氏は、子どもたちを教えていたこともあって「九歳の壁」の「壁」は存在しないとした。
むしろ生徒たちの「抽象思考の傾向」を重視しつつ「いわゆる自我の形成」を考え発達学習研究していた。
「インテグレーション」
成功したとされる子どもたちの「自我」
押さえ込まれてしまっている
聴覚障害児たちに、自分の意見を持つことをもっともっと重視しなければならない。
むしろ「インテグレーション」に成功したとされる子どもたちの「自我」は、押さえ込まれてしまっているのではないかと教育の現状を危惧していた。
そういうこともあって京都ろう学校高等部の生徒たちが自主的に行動し、自分たちの要求を掲げその要求を実現しようとする行動、教育の改善を求めた「京都ろう学校授業拒否」事件では生徒たちを断固として支持した。
と述べる。
この項で大切な事は、村上中正氏は「九歳の壁」につまずいたとされる子どもたちを思春期に教えていたことから、「九歳の壁」の「壁」は存在しない、とすることにある。
ろう学校幼稚部の教師 九歳の壁
中学部の教師 「壁」は存在しない
幼稚部からだされている考えに対して、「壁」は存在しない、として自らの教育を深化させる。
教育とは、授業とは、生徒の受け止めとは、教壇に立つ者としての総合的意見は重い。それも単なる経験上から主張するのではない。
生徒たちの「抽象思考の傾向」を重視しつつ「いわゆる自我の形成」を考え発達を意識的に考えて教育をすすめているからである。
生徒の発達の中で考える
子どもたちの自我形成
村上中正氏は、この時期、ろう教育に留まらず障害児教育としての実践研究を多方面で報告している。
「九歳の壁」の「壁」は壁ではなく、生徒の発達の中で考えているからであろう。
彼が、生徒の発達をどのように考え、その中から「九歳の壁」の「壁」は存在しない、と主張し、「抽象思考の傾向」を重視しつつ「いわゆる自我の形成」を考えていたのかは、順次明らかにされている。
ろう学校の教師の考えの対極を
論じるべきであった
だがしかし、村上中正氏の実践的教訓と研究は、長く伏せられているのは納得できるものではない。
九歳の壁はない、九歳の壁はある、とする同じろう学校の教師の考えの対極を加味してこそ九歳の壁問題は論じられるべきであった。
村上中正氏の指摘するこの時期の子どもたちの「抽象思考」と「自我」は注視して行くことにする。