村上中正氏の聴覚障害者教育試論 1971年を思惟
聴覚障害の生徒に「自尊心」が育つ
一定の「教育的支え」を
以下、村上中正氏の1971年試論を述べることなくすべて掲載する。
思春期と言われる多感な時期と述べたが、この時期の悩み続ける聴覚障害児にある一定の「教育的支え」をすることで聴覚障害の生徒に「自尊心」が育つとされている。
繰り返すが、聾学校中学部の教師たちは、日本国憲法第13条「すべて国民は、公人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする。」にある「個人の尊厳」の人権の基本権を重視していた。
自然に「自尊心」が育つものではなく
「自分以外の人びとへの尊厳」が高まるなかで
「自尊心」が育つ
聴覚障害、という問題で多感な時期にさらに「苦悩」が加わった生徒に「個人の尊厳」があるということ。
それは全ての人びとにあり、自分だけにあるものではないと言うことを具体的に教育実践の中で教えた。
しかし、聴覚障害者個人で、自然に「自尊心」が育つものではなく、他の人びととの連関、とくに聴覚障害者集団のなかで「自己への尊厳」と「自分以外の人びとへの尊厳」が高まるなかで「自尊心」が育っていくことを知った。
集団として成立する
コミュニケーション手段は手話
学校教育だけでなく、聴覚障害者集団の待つ教育力を受けとめつつ双方の立場を踏まえた取り組みが必要だと考えた。手話通訳者として縦横に活躍していた村上中正氏は、そのことをさまざまな場で論じている。
そこで、聴覚障害者集団が集団として成立するコミュニケーション手段は、手話であると述べている。
口話や補聴器などによるコミュニケーションでは、多くの聴覚障害者が一斉に討論したり、討論の中から一致点を見いだし、それに基づいてみんなで行動することは時間がかかったり意思疎通が充分出来ないことがあった。
ところが、手話はそれらを払拭するコミュニケーション手段であるとする。
手話は討論を可能
異なった意見を一致させる
行動する手段としても有効
集団コミュニケーションとしての手話は、討論を可能にし、異なった意見を一致させるばかりか、行動する手段としても有効であるとしている。
集団コミュニケーションとしての手話。
それは、聴覚障害者集団をまとめ育ててきたとして替えがたいコミュニケーションとして手話があると断じている。
村上中正氏は、この重要な手話を忘れた聴覚障害者が育ってきていることに人間の尊厳が失われる危機感を抱いたのだろう。